過去未来数百年Ⅳ

「証明証は」


「はい、これですね。師匠も出して」


 ロドルは堂々とその闇市落札の曰く付き違法取引物を役人に出す。アルバートも急かされそれを出した。


「確かに拝見しました。では、お気をつけて」


「有り難うございますー」


 ロドルは手を振って関所を抜けた。


 鉄壁の守備により、魔族の侵入を許さない。それゆえに市民の安全を護る――、こう掲げるノービリスだが、ちょくちょくこうして関所の抜ける魔族がいることを市民は知らない。


「生きた心地がしない」


「僕が全部受け答えしたじゃんか」


「お前はやっぱりすごいよ」


「挙動不審よりも堂々としていた方が怪しまれないのは当然だろ?」


 ロドルがアルバートの顔を見上げた。そうだな、とアルバートは笑いかける。


「公爵閣下、まずはどこに行くんだ」


「その呼び方やめてよ。もう図書館に行ってしまおう。昼は適当に食べたいところだけど、この国の物価は高い」


 周りを見渡すがこの国というのは、大きい邸宅に豪華な馬車に、超高級レストランなど高そうなものばかりだ。


「そうだな、公爵閣下」


「だからその呼び方やめて」


 アルバートは肩を竦ませる。


 しばらく歩くと道が開けた。ロドルはそこを突っ切り真正面から入る。


「お客様、この図書館に入る時は証明証をご提示願います」


「あぁ、ごめんね。これを」


 ロドルはついに最終兵器を取り出す。


「公爵様でしたか! ……分かりました、お入りくださいまし」


「今日は本を返しに来たんだけど、館長はいる?」


「館長は書庫でございます。お呼びいたしましょうか?」


「あぁいいよ。僕が行くから」


「……そんな! 公爵様のお手数をおかけするわけには!」


「大丈夫、大丈夫。それより、本を返すんだけど館長に会うまでタイトルの表紙は見ないで運んでくれないか? 四十冊くらい、外の馬車に積んであるんだ」


 ロドルは事務員たちを外に出す。アルバートは少し不満げな顔でロドルに見合っている。


「お前、馬車ってそんなのないぞ」


「今のうちに入るんだよ! 書庫まで行けば、森に置いた魔法陣から本をこっちに取り寄せられる。関所をあの禁書を持って通過できるもんか! だから森の中の空き家に置いたんだよ!」


 そういうことか、アルバートは理解する。ロドルはこの図書館の内装を覚えているのか、書庫まで数分で辿り着いた。書庫の開けた空間で蝋石を取り出し、床に魔法陣を描く。


「これでよし」


「へぇ。これで繋いだのか?」


 真っ赤な光が溢れ出しそこにあったのは四十冊の本だった。


「これを館長に返すだけだけど、館長はどこかなぁ」


「あぁ、あの爺さんか」


「アルバは会ったことあるよね? 僕がこれらの本を借りられるのは館長のお陰だよ。館長が……」


 ロドルが言うとコツコツと足音がした。真っ暗な書庫を灯りもなしに歩く影。ロドルはそれを見て声をかけた。影は振り返り、にこりと笑う。


「ジャックお坊っちゃま。ご機嫌麗しゅう。ようこそ、遥々お越しくださいました」


 上等な使用人服に身を包んだ老執事は、ロドルを見てお辞儀をした。


「館長も変わらないね」


「お坊っちゃまもお姿が変わりませんね。元気していましたか?」


「僕は元気だよ」


「お坊っちゃまがここに来たのは何年前でしたっけ?」


「そんなに前じゃないよ。先月も来たよ」


「そうでしたね。お変わりないはずです」


 アルバートは思う。死なない、年を取らないアンデッド同士が、なぜ姿が変わらないことを話しているのか。変わらないに決まっているだろうに。


「私も幽霊になって早、千年あまりですねぇ。地下しか歩けないのが不便ですが、お坊っちゃまがこうして遊びにきてくれるのは嬉しいことです」


 足元が透けたこの地下書庫の幽霊の名を、ブライアン・アンヴィルという。フェレッティ家の執事であった彼は、生前から図書室に籠るのが好きで、死後も本がたくさんある図書館に居ついている。そんな彼が今いるのはこの図書館である。ちなみに彼が死んだのはロドルがフェレッティ家に来る以前であり、ロドルが生きている時にはもう既に死んでいた。


 つまり、その頃から幽霊だったのだ。


「お坊っちゃまは何の本をお返しに?」


「この前、借りたやつだよ」


「拝見致します」


 館長はそれを受け取り眺めた。灯りも少ないこの地下書庫で、広げられる禁書はかなり不気味である。


「ブライアンさん、ここって灯りとかないの?」


「蝋燭ならありますよ。ですが、ここは書庫です。本が燃えると困るので、お気をつけてお使いください」


 真っ黒で何も見えないアルバートはそう聞いた。ここにずっといるブライアンは暗闇に慣れているらしい。ロドルは目がいいので普通に見えるらしい。


 見えないのは自分だけ。


 ロドルは暗闇で目が見えないアルバートを不憫に思ったのか、こう言った。


「アルバ、これ持ってなよ。これなら火を使ってないし、明るいから」


 首にかけていたそれをロドルは渡す。それは昨日作った月光瓶だった。月光瓶は、ぼんやり光を放ち辺りを照らす。


「使ってもいいのか?」


「いいよ。でも、僕のそばから離れないで。僕が黒猫に戻っちゃう」


 ぱぁっと光は本を照らした。


 アルバートはここで初めて図書館の中を見渡した。ぎっちりと本が詰まった本棚。細かな装飾品。壁や天井に描かれた絵画や宗教画。石像、彫刻。そして、何百年も前の写本や魔導書、歴史書、召喚術書……。


「お坊っちゃま、まずは本を元に戻しましょう」


「アルバも手伝え」


 そう一方的に言われては従うしかない。


「本の場所が分からなかったら、ブライアンさんか、僕に聞け。表紙に十字架が書いてある時だけ僕を呼べ」


「……? でも、俺、お前のそばから離れられないんだけど」


「なんでだ?」


 アルバートは首を傾げるロドルを唖然とした表情で見た。


「月光瓶がないと俺、この暗闇で動けない……、お前は確かに目が良いから見えるけど、俺は見えねぇぞ」


 ロドルは「あぁ!」と手を叩いた。


「そっかごめんよ。そうだったね。じゃあ僕の手伝いをしてくれ。簡単なことだから、心配しなくても良い。というかむしろアルバートじゃなきゃできないかも」


 ロドルはそういうと二十冊分の本を指差した。


 アルバートは少し嫌な予感がする。


「……これをどうするんだ」


「アルバは中世恐れられた最強魔族の一つ、レヴァナントだけどぉ。一つだけ苦手なことがあるよね。僕が一つ一つ術式を試すから実験台になって?」


 ニコッとロドルは笑う。


 やっぱりこいつ、悪魔だった……。

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