過去未来数百年Ⅲ
「アルバート」
「なんだ?」
「……お前って結界の中に入れるのかな。レヴァナントだろ? 魔法系に特に嫌われてる魔族じゃないか。十字架を見られない魔族がいないわけじゃないけど、警戒はした方がいいかなって」
ロドルは不意に振り返る。
アルバートは少し嫌な予感がした。
「昔はまだ結界がそんなに強固じゃなかったから入れたよ。でも、今はどうかなって。だから少しごめんよ」
アルバートの嫌な予感は的中する。
「……魔力あんまり使いたくないからちょこっとだけね」
そう言うとロドルはちょろっと舌を出したあどけない表情で――、何もない空中から出現させた真っ黒な長剣を、地面に突き刺す。アルバートの足元には大きな魔法陣。
あらかじめ彼が描いたか、今描いたか。後者ならそうとうな早業だ。前者なら頭が回りすぎる。
真っ赤な光が上がる時、自分の身体の上に重しが乗ったのかと思う程に重くなる。
「閉じ込めたけど、自力で出られそう?」
「出れるかボケ!」
「やっぱり無理かぁ。悪魔の僕がする退魔術式をこうも易々受けるくらいだもんなぁ。アルバートと出かける時はなるべくエクソシストと会わないようにしているんだけど、ノービリスの中なんてエクソシストだらけだしなぁ。どうしようかなー。アルバートが祓われても困るんだよ。どうするかな」
どこか他人事のような、そんな言葉にアルバートはイライラとする。
「早く出せ!」
「出す。出すよ。僕がここで悪魔祓いしようものなら、アルバートはチリに帰っちゃうもんねー」
「早く出せよ!」
分かったよ、と言いたげに肩を竦ませるロドル。ロドルが魔法陣の外側の膜を触ると、途端にそれは壊れた。
「グッ……生きた気がしねぇ」
「死んでるでしょ?」
その返しには飽き飽きしている。
「どうするんだ? 俺が結界に入れるのか」
「いや、これは正面突破しかないんだ。下手な工作よりも一番手っ取り早くことが進むさ。とりあえず、アルバにはこれを」
ロドルがアルバートに渡したのはあのロケットペンダント。
「十字架が入ってるんだろ?」
「よく見てみなよ。それは十字架であって十字架じゃない。僕が少し手を加えて、十字架の十字の部分に線を一つ加えてみたんだよ。よく見ないと分からないぐらい細い加工さ」
確かにロドルが言うように加工がされていた。十字の部分に線が一つ加えられて縦線一本に対して、横線が二本になっている。
「こんなんで誤魔化せるのか?」
「現に目が焼けないだろ?」
「そうだけど」
「僕だって十字架が苦手で怖いのに、頑張って加工したんだよ。封印は解いといたから、持てると思う。それに、悪魔や魔族が十字架を持つなんて人間が想像できると思う? 一種の「悪魔や魔族は十字架が苦手だ」の常識を裏切らなきゃ、僕たちがあの国に入れるわけないだろ」
それもそうだった。
「堂々として入れ。僕達は本部に呼ばれたエクソシスト。何もお咎めを受けることはない。堂々としていろ」
「……お前は元々演技上手いから出来るだろうけど」
ロドルは帽子を深く被った。黒い髪を隠すための、その帽子はかなりの年季ものである。
「さて行くぞ」
「うわぁっ、ちょっと待てって!」
二人は歩き出す。森を出て見上げるはノービリスの関所とそこを囲う結界の膜。薄いセロファンみたいに国全体を覆うもの。
ロドルは少し慣れた調子ながら、アルバートは戸惑い気味。
「お兄さん、何用で?」
「本部に呼ばれていまして。僕はカポデリスのエクソシストです。ほら、リリスのはずれにある――って小さい町なんですが、知っていますか?」
ロドルはにっこり笑って関所の役人に話しかけている。
「お連れは?」
「あぁ、僕の師匠なんです。僕、見た目からしてまだまだ修行中の身でして、師匠が本部に呼ばれたと聞いてどうしてもついて行きたかったんです」
受け答えはさすがというか、なりきりの演技力は上手い。そして、ここでアルバートは自分がロドルの師匠にされていることを知る。どうしてもロドルの見た目は少年にしか見えないので、そう説明するほかなかったのだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます