未消滅致命死傷Ⅱ

「意識して変化へんげをするなら、人に戻った後に服を着ているようにするんだけど、今回は事故だからね……。月光瓶を使って戻る時に一応ナンシーさんに、脱衣所に服を持ってきてもらって、そのままシャワーを浴びていたんだよ。猫の時にどうしても本能で身体を舐めちゃうからベッタベダになるし、気持ち悪い」


 なるほど。よだれか何かがついているのか。


「俺の首から垂れた汗とか舐めてたしな。なるほど。猫ならしょうがないか――」


 アルバートはそれとなく呟いたのだが、ロドルはビクッと反応する。アルバートはその顔を見た。怯えたではない、戸惑う顔。


 アルバートはニヤリと笑った。


「もしかして記憶ない? 俺の首筋、舐めてたの」


「な、ない……。ぼ、ぼ、僕っ」


「エッチ」


「そ、そんなつもりじゃなくって! へぇっ!? 僕、そんなことを!?」


「やめてって言ったよー? 変態め」


「そんなつもりじゃないっ!」


 彼の怯え慌て戸惑う目に、アルバートは面白いおもちゃを見つけたとばかり追い詰める。


「いやぁねぇ、ジャックちゃん。猫だからってしていいことと悪いことがあるでしょー? ねぇ?」


「僕はそんなつもりじゃ……、ううっ」


 記憶はないのだろう。だが、慌てているからか「そんなことするわけないだろ!」と突っ張ることはしなかった。それをすればいいだろうに、その考えには及ばないみたいだ。


「また弱みが増えたねぇ。君の、はずかちー思い出、俺はたっくさん知ってるんだよぉ〜」


「うぅ。僕、もうアルバ嫌い!」


「猫の時にすりすり擦り寄ってたのにねぇ。耳の後ろ、撫でられて骨抜きにされてたの覚えてるぅ?」


「僕、もうアルバ嫌い!」


 ロドルの顔は真っ赤である。


 その時、一階から声がした。酔ってべべろけになった女の人の声。アルバートはその声を聞いた時、おちゃらけモードから一転。


 警戒心を強める。


「ナンシー、帰ったわよぉ〜。上?」


 アンジェリカの声だ。


「アンジュかな?」


「そうみたいだな」


 階段を上って、この部屋のドアが開いた。アンジェリカは手前のナンシーを見て、奥の二人を見た。


「あらぁ。クリムちゃんじゃない。もう戻っちゃったのぉ?」


「アンジュ酒臭い」


 ふらふらとアンジェリカはロドルの方に歩き、ロドルに向かって倒れかかった。ロドルは紳士っぽく彼女の身体を受け止めるが、それは彼女の罠であった。


「ふふっ……、引っかかった」


「ババァてめぇっ!」


 近くで見ていたアルバートは気づいたが、もう遅かった。


「あらぁ? シャワー浴びてたの? 髪が濡れてる……」


「重いって、ちょっと待って! ここで血を吸うのだけはやめて! 酔ってるんだろ!? やめてって!」


 押し倒されたロドルは、自身の身体の上に乗りかかるアンジェリカの下から声を出す。


「うぅん。そうかもー。ここで吸ったらナンシーに怒られちゃうわねぇ。でも一応、結界は張ったし、貴方の騎士様と幽霊である使用人は入れないはずなのぉ〜」


「ぐぅ……、酒臭い。やめろよ! やめて。やめてください! お願いだから! いや! 助けて!」


 ジタバタと抵抗するが、どうやっても押し返せない。ロドルは涙目で訴える。泣き叫ぶような悲鳴を上げて――。


「お願い、今日だけは見逃して!」


「だってぇ。猫の時は可哀想だから見逃していたのよ? 人になったらねぇ。飲みたい。吸いたい。貴方の血を思う存分啜りたい」


「ひぃっ、やめろぉっ!」


 アンジェリカという吸血鬼は、酔っている時は更に酷い。ロドルはそれを十分承知していた。首に関するトラウマが多いのは、彼女の吸血行為が原因であるものも含まれている。


「……ッあぁ……」


 一瞬だけ痛みが走り、意識は段々と暗闇になり消えた。親友の声が遠くで聞こえる。堪えようにも無理だった。


 力はもう入らない。

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