未消滅致命死傷Ⅰ

「アルバート君。お早うございます」


「……うぅ」


「窓を開けますけど、アルバート君は眩しいですか?」


 ガラッと音がして、溢れんばかりの光が差し込んだ。リアヴァレトはここまで明るくはない。直接目に入ってくる光の眩しさに眼を細める。久しぶりにこんなに明るい陽の光を見た。


「お坊ちゃんは朝方にもう起きていらっしゃいます。アルバート君を何度か起こしたと言っていましたが、起きなかったと」


 あいつ、起きるのが早いな。アルバートはそう思う。元々早かったっけ、あいつは――。自分は夜型なので朝は辛い。


「あいつは?」


「お坊ちゃんは服を着替えていらっしゃいます」


 服を着替えているということは、どうやら姿が戻ったのだろう。


「――へぇ」


 アルバートは眠い眼をこすりながら、洗面所の脱衣所に進む。案の定カーテンがかかっていた。その先でもぞもぞする影。


 アルバートはそのカーテンを勢いよく開けた。


「ジャックちゃん、おっはよーっ!」


 ズボンは履いていない下着姿で、シャツのボタンを上から閉めているロドルと目が合った。


「てっめぇ、服を着替えてるところを覗くんじゃねぇッ!」


「相変わらずのチビだなぁ!」


「頭を叩くんじゃねぇ!」


「なんだよぉ、つれないなぁ。昨日は俺がふうふうしたご飯を食べていただろうが」


「僕は! 昨日の記憶を断片的にしか覚えてないんだよ! 自分で変化魔法をかけていたのならまだしも、月光瓶が壊れた変化だと意識もあやふやだからなぁ!」


「へぇー、そうなの? 俺の布団で一緒に寝たことも? ずーっと俺のネクタイを掴んで離さなかったことも?」


「それは覚えてるよ……。あーもう、恥ずかしい」


「お前の弱みがまた握れて俺は愉しいなぁ。愉しいよ、ジャックちゃん!」


 顔を真っ赤にして怒るロドルにアルバートは一言。


 慌てて本人は気づいていないだろうが――。


「それより服を着なよ」


「お前が出て行けェ!」


 物が投げられ、アルバートはそれに当たり仰け反った。


「ぐふっ」


「二度と入ってくんな、バカァ!」


 仰け反る瞬間、一瞬だけ見えたあいつの消したい記憶。あいつの足と腹部には消えない傷がある。足は無数の引っ掻き傷。腹部は未だ血を流し続ける致命傷。どちらの傷もあいつは見られるのを嫌がる。だから、俺しか知らない。


 どちらの傷も、俺にとっても、忌々しいものだ。


「あんなに嫌がらなくてもいいのに」


「まぁ、お坊ちゃんも大人の年ですから。羞恥心はあるのでしょうし」


 ナンシーはアルバートを見て一言。


「アルバート君も服をちゃんと着てくださいね。また寝ながらボタンを取って前がはだけていますよ」


「あ、ほんとだ。暑いんだよなぁ」


「私はお二人のお世話をしたのでどうとも思わないんですが、それを他の女性の前でするのはやめましょうね」


「はーいはい」


「アルバート君、『はい』は一回です」


 ボタンを閉めながら考える。そういえばなんであいつは……。


「ナンシーさん、あいつは服着てなかったの? なんで、脱衣所で服を着てるんだ?」


 アルバートが聞くと不機嫌そうな声が後ろから聞こえた。


「……人聞きの悪いこと言うな。僕はシャワーを浴びていただけだよ。猫の時は確かに服を着てないけど、それとこれとは話が別だろう!?」


「やっぱり着てないんじゃん。全裸?」


「……殺す」


「怖いよー、執事長こわぁい」


 アルバートが怯えてみせるとロドルは深いため息を吐いた。

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