何故被呪術黒猫Ⅱ
「ナンシーさんに聞いても良いですか」
「なんです?」
「あの悪魔は――、こいつにこの呪いをかけて何をするつもりだったのか」
ナンシーはピクッと反応した。包丁の手を止め、アルバートの顔を凝視する。
「単純に考えれば、あいつはジャックの眼を潰そうとした。魔力根源である紅い左眼を潰して、魔法を使えなくしようとした。それが出来なかったから黒猫にして魔力を封じた。単純に考えればそうです。でも、その後は? あいつにとってもこいつが魔法を使えないのは痛手のはず。あの契約を結んでいるんですから、こいつが魔法を使えなければ契約は破綻。意味なんてない。だったらこの呪いはなぜかけたのか。俺は――、他に意味があるのかもしれないと思うんです」
ナンシーが何も言わないので、アルバートはそのまま続ける。
「あいつの身体は死体だ。生前の、傷という傷が残ったまま。あいつはズボンで隠して、着替えているところなんて誰にも見せないから――、俺しか知らない。……俺しか知らない、あいつが誰にも見られたくない足の傷も、あの体には残っている。俺はあいつが死んだ十年後くらいにあいつの死体を見ているけど、あれは普通じゃなかった。もしかして、あの悪魔は俺にそれを見せるために、――……したんじゃないかと」
パリン、と何かが割れた。
アルバートはびっくりしてナンシーを見る。ナンシーの手の中でグラスが粉々になっていた。
「……ナンシーさん」
「あ、失礼。驚かせてしまいましたね」
ナンシーは砕けた硝子を見た。
「ナンシーさん」
「あの悪魔はお坊ちゃんをずっと付け狙っているのです。許してはなりません。私は絶対に許しはしません」
それは自分もそうだった。だけれど、ナンシーのこの反応は異常だ。――と、冷静に考えればそうなのだ。
「……うぅ」
「起きた?」
「うん」
ぼんやりと目が開くロドル猫の頭をアルバートは撫でてやる。
ご飯ができたというので、アルバートはテーブルの席に座った。ロドルはテーブルの上に乗せてやる。
お行儀は悪いのだが、ナンシーは地面でロドルにご飯をあげるのを嫌がったのでそうなったのだ。仮にもこいつは人なのだから地面で飯を食わせることを使用人は嫌だったのだろう。
「お坊ちゃん、お食事です」
「おかゆ?」
「熱いから気をつけろよ」
ペチャペチャ、とそれを舐めて器の中のご飯を食べる。
「アツっ」
「だから熱いって」
「うぅ」
ロドルはアルバートに縋りつく。
「お前なぁ、ご飯の邪魔をするなって」
「だって」
だってといながらもロドルはアルバートを邪魔するように擦り寄る。
「あぁもう! ナンシーさん、スプーンください!」
ナンシーはアルバートにスプーンを渡す。
「俺が冷ましてやるからそれ食べろよ! 残しは許さねぇぞ!」
「うん。舌痛い」
「赤ちゃんか!」
「猫の見た目は一歳のはずだよ?」
「分かった子猫なんだな!?」
アルバートはスプーンにすくったそれをふうふう冷ましてから与えてやる。ロドルは素直にそれを食べた。
「猫舌のヘタレがぁ!」
「アルバ、早いよ。口の中まだ入ってる。うぐっ」
「俺も早くご飯食べたいんだよ! ナンシーさんのご飯久しぶりなんだからさぁ!」
「それにしても飲み込む前にお口に突っ込まないで吐いちゃう。むぐっ……」
アルバートは自分のお皿のものを食べつつロドルの口にスプーンを押し付ける。何度か繰り返した後、ロドルのお皿は空になった。
「水は飲めるだろ」
「うん。僕、飲むのが下手くそだけど」
ペチャペチャ水面を舐める黒猫。確かに下手くそで、水が飛んで口の周りがびしょ濡れになっていた。口の周りを拭いてやっている時、ふとアンジェリカがいないことに気がついた。
「そういえばあのクソババアは?」
「アンジェリカ様はこの時間ですので向こうのお店じゃないですかね。ノービリスは夜に店を開けることが多いですから」
この店はノービリスとも連携している。
「なるほど。俺たちはもう寝ていいの?」
「お風呂もありますが、お坊ちゃんは入れませんからね。お布団をご用意しますので、アルバート君はお風呂に入ってきたらどうですか?」
「あー。そうか。毛皮だからか」
「アルバート君が洗ってもいいんですが、猫は水が苦手ですからお坊ちゃんがそのお姿の時には、お風呂にほとんど入りませんね」
「じゃあ俺は風呂いいや。もう寝る」
「かしこまりました。準備致します」
パタパタ走ってナンシーは出て行った。しばらく待つことになる。外はもう暗く、寝るにはちょうど良さそうだった。それに昨日はこいつにベッドを貸して、自分は椅子で寝ていたのだ。
今日はよく寝られるだろう。
「お前さぁ、俺の布団で寝ない? お前ふかふかだし抱っこして寝るのが気持ちいんだよなぁ」
冗談だった。仮にもこいつは男であるから、野郎の布団寝はさすがに見るに堪えないものがある。
「いいよ」
「……本当か?」
「寒いもの」
黒猫は体を舐めながら言う。
ナンシーが布団の準備ができたと呼んできたので彼女に連れられ部屋に来た。ふかふかの布団は気持ちよくて、アルバートはシャツのボタンを二、三個外して横になった。
被るとロドル猫が布団に潜り込んできた。
「なんかお前と寝るの……、久しぶりだなぁ。俺が教会にいる時はいつも隣で寝てたよな。お化けが怖いから、一緒に寝てって言った時もあったなぁ」
幼い時から、魔族や幽霊が視える体質であったロドルは、夜は寝られなくて自分の布団に潜り込んで来た。
だからこうしてよく一緒に寝ていた。
「……随分昔じゃないか」
「そうだな。千年も昔だ」
幼い時の記憶はそんな昔になっても覚えているものだ。
「アルバート君、お坊ちゃん。おやすみなさい」
「おやすみなさい。ナンシー」
「おやすみ、ナンシーさん」
灯りは消され、部屋の中は真っ暗になった。
手を伸ばすとふわふわと柔らかい毛皮が触れた。
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