夢現黒猫無意識

 どのくらいの時間が経ったのかは知らない。


「アルバート君、お疲れ様です」


「……疲れた」


「僕も疲れた」


 薬品だらけの机の上に腕を伸ばすアルバートの上に黒猫が寝転んでいた。お腹を見せて、気持ちよさそうに寝転んでいる。


「重い」


「もふもふでしょ? 癒そうと思って」


「……重い。暑い」


「お疲れ様ぁ」


「肉球を押し付けんな……」


 アルバートの背中をふにふにするロドル猫。ナンシーは戸棚を片付けながら二人に言った。


「あとはこの月光瓶に月の力を貯めれば、お坊ちゃんを元に戻すことができます。一晩、置いておけば十分かと思います」


 アルバートは自分の上で寝転がるロドルを持ち上げて机に下ろした。もふもふとお腹をグシャグシャ撫でる。ロドルはくすぐったくて暴れたが、アルバートはそんなことは知らない。


「……疲れた」


「アルバ、上手かったよ。一回苦しくて死ぬかと思ったけど」


 月光瓶は無事に完成した。


 焦ると魔法陣は乱れコントロールが難しくなる。それは、魔法陣が完成に近づいた頃だった。


 もう少しで完成する。安心は一種の油断である。


『うぐっ』


 魔法陣の方に目を向けていなかった。


『うぅ……うわぁぁ!』


『やっべ』


 アルバートは魔力の吸い上げを緩めた。緩めると月光瓶の方は手薄になる。強欲に吸い上げ続ける魔法陣は止められない。


『やっべっ……止まらねぇ!』


『アルバート君! お坊ちゃんの方を緩めつつ、月光瓶には魔力を与え続けてください! でなければ逆流して、お坊ちゃんに被害が及びます!』


『わ、分かってるって!』


 ロドルは苦しそうに顔を歪め、魔法陣の外へ手を伸ばす。だが、外には出られない。魔法陣の境界線には封印がされており、出ようとすると電撃が走る。


 ビリビリと体は痺れて自由は利かなくなる。


『出して! 出してぇ!』


『アルバート君!』


 その様子は苦しそうで、コントロールする手にも力が入る。それは尚も、中の魔力源を苦しめることになる。


『クッソ!』


『アルバート君!』


 ナンシーはあわあわしているが、術者に触れることはできない。術者に触れば途端に魔術は失敗することになる。そうなれば魔法陣に囚われているロドルにどんな影響が及ぶか――。


『アルバートォ……』


 ロドルの声が弱々しくなる。


『落ち着け俺! 落ち着け!』


 どうにかして止めなければ。


 あの時は、それだけを考えていたような気がする。


「良かったよ」


 回想を終え、時間は戻って黒猫は言う。


「魔力は平気か?」


「うん。力は抜けるけど、大丈夫だよ」


 ロドル猫はアルバートの手に擦り寄り抱っこをせがんだ。ペタッとアルバートにお腹をつけてグーっと背中を伸ばす。


「僕ねぇ。僕……」


「眠いのか?」


「ぐすぅ」


 ロドル猫はアルバートの胸の中で眠りについた。アルバートは頭を撫でたが起きる気配はない。


「ナンシーさん、一晩泊めてくれませんか? 自分の家に戻るにもこいつがこんなんじゃ、いざという時に困るので」


 ナンシーはアルバートの方を見て、にこりと笑う。


「そうでしょうと思って、お坊ちゃんとアルバート君が寝るところは確保してあります。二階に部屋があるのでそこを使ってください」


 ロドルを抱き抱えたままアルバートは店の奥の階段を登り、指示された部屋の前に立った。中にベッドが二つ。アルバートは窓側のベッドにロドルを下ろそうと思った。


 近づいて彼を下ろそうと屈む。


「ん?」


 爪で引っ掻いているのか剥がれない。


「はぁ……」


 どうしても離れそうになかった。


「仕方ないか」


 アルバートはその窓側のベッドに横になった。爪でがっちり押さえているロドル猫を潰さないように腕枕をしてやり、天井を見る。抱き抱えていた腕を徐々に外して彼のお腹の上に手を乗せる。


 爪はがっちりネクタイに刺さっていた。


「俺も寝るか」


 魔力を使い疲れはあった。魔力は寝れば回復する。今は夜ではないが、もうすぐ夜になるだろう。


 それにネクタイにこいつの爪が刺さって剥がれる気がしない。


「ジャックめ……」


 アルバートはロドルの頭を撫でて目を瞑る。ふわふわ触れる本物の猫っ毛が気持ちよくて、すぐに寝てしまった。

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