非偶然特殊体質Ⅱ
「月光瓶はあの呪いを上書きして打ち消す程度の魔法です。あの呪いが消えた訳でないことをお忘れなきよう」
あいつ自身は黒猫でいた二日のうちに「誰にかけられた呪いか」は覚えていても、その過程とかなぜ呪いをかけられたのかなど、大元の記憶が消えている。過程の記憶がないので、奴の恨みではなく「なにか自分に不備があったからかけられたのだ」と、考えるほどに記憶が歪められている。
それは相手にとってとても都合がいいのは確かで、彼が記憶を取り戻して毛嫌いする日があれば、記憶がなくて付き従うのを何度も繰り返している。
「……そしてご注意ください」
ナンシーはロドルに聞こえないようにこう忠告した。
「お坊ちゃんの魔力はその辺の者とは比べ物にならないほど強大です。もしかするとアンジェリカ様よりも多いかもしれません。そのコントロール能力も研ぎ澄まされている。だから、魔力が多くても薬を作ることが出来るのです。さすがフェレッティ家、英雄の血を継ぐ一族の末裔といいましょうか、その上にお坊ちゃんは紅眼の持ち主です。歴代でも類を見ないほどの魔術の使い手です」
あの時代もし、こいつが生きていて家を継いだとしたら――困るやつがいたのだろう。もしかすると王族よりも強かったかもしれないあの力を、恐れるものが少なからず居た。
だから暗殺されたのだ、といえば単純な話。
「魔力が尽きる事はかなりの確率でないでしょうが、万が一月光瓶を作る時に魔力が尽きてしまったら――。その時はお坊ちゃんの記憶という記憶は全部消えると思ってください」
「……脅さないでくださいよ」
「無いとは思うのです。ですが、ここはカポデリスです。魔力の回復圏外。お坊ちゃんの魔力がどれだけ残っているのかは、全く分からないのですから」
要するに、使ってもいいが魔力を使いすぎるなということか。
「ナンシーさん。こいつの記憶が消えた場合、俺を恨まないでくださいね」
「恨むかはわかりませんね。憑くかもしれませんが」
「……やめてください」
ナンシーはロドルを持ち上げて机の上に置いた。そこには魔法陣が描いてある。ロドルがそれに触れると光り始めた。
「陣は私が描きました。この陣の中にいる生物は、この陣により魔力を吸われます。それを使って月光瓶を作ってください」
「……吸われている時、こいつは?」
「苦しむかはアルバート君、次第です」
「……」
自分の手にかかっている。
「アルバート。僕は平気だから。協力できるなら、したいだけだから。大丈夫だから、使ってよ」
「なるべく苦しまないようにする」
魔力を吸われること自体が、魔力あるものに苦痛になる事を知っている。本当にロドルのことを思うなら使わない方がいい。
しかし、自分だけの魔力で出来るのかというのは不安だった。足りなければ月光瓶は作れないどころか、自分が魔力を使い切って死ぬ。どれくらい消費するのかを知らず、それを魔力が回復できないカポデリスで行うことは恐怖だ。
頼るしかない。
「アルバート君。まず、お坊ちゃんの魔法陣を固定します。術式が展開している間、お坊ちゃんはその陣から出られません。それは魔力を吸い尽くされる檻の中にいることを意味します。それが何を示すのか。――貴方は十分知っていますね?」
「……はい」
拘束状態を嫌うロドルにとって、自力で出られず苦痛に耐えなければならない檻に閉じ込められることというのは、監禁され拷問されることに極めて近い。
「開始します」
魔法陣の操作は自分が取り仕切る。
今この瞬間から始まるのだ。
「……うぅ……」
魔法陣の中のロドルが呻く。
「アルバート君。落ち着いて。心を穏やかにしてください」
「はぁはぁ」
「深呼吸して。ゆっくりです」
落ち着け。自分はあいつの魔力を使うだけ。いや、借りるだけだ。借りるだけ。借りるだけ。借りるだけ……。
「その調子です! アルバート君。まずはその試験官にこの液体を入れてください」
ナンシーが指示する通りに自分は動く。魔法陣の中のロドルに気をつけながら、手元にも目を向ける。ロドルは苦しんでいる様子はない。それを見てホッと胸をなでおろした――。
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