瓶中黒猫脱出劇Ⅱ

「出られないの?」


「このクソババア、てめぇ……」


「口悪いわねぇ。せっかく助け舟を出してあげようと思ったのに」


 アンジェリカはそう言うと、アルバートの前を通り瓶の中で泣きべそかくロドル猫を見た。


「可愛い。目に涙溜めちゃってもう。瓶の中は窮屈だったわね?出してあげるからちょっと」


 きゅぽん。彼女は手に持っている瓶を開けた。


「?」


 アンジェリカは一つ、雫を瓶の中に落とす。


「寝ててね」


 ロドルは目を見開いた後、急に力なく目を瞑った。体の力も抜けていて今までバンザイになっていた前足もダラッとしている。お腹に前足が落ち、後ろ足も瓶を突っ張ることなく瓶の底に更に落ちた。アンジェリカはロドル猫が入った瓶を逆さまにする。


 すると彼の力が抜けている分、スルッと外に出た。


「しばらく寝ていると思うけど。月光瓶の材料だったわね。……返して欲しい? この子」


「返せ。お前の手の中にはならない」


「うーん。普段は黒猫で、たまに月光瓶でいつもの可愛い姿にして、可愛がるのも悪くはないと思うのよ」


「そういうことするから返せ!」


 アンジェリカは寝ているロドル猫の頭を撫でる。アルバートはアンジェリカの顔を睨んだ。


「そういう顔してくれちゃうから、意地悪したくなるのよね〜。返して欲しい? ねぇ?」


「返せ! そいつはお前の所有物じゃねぇ!」


 その時だった。


 ドアが開いて一人の女性が入ってきた。黒地のシャツに白いエプロンスカート。つまりはメイド服の女性だ。


「アンジェリカ様、お使いに行ってきました……」


「あら、ナンシー。お疲れ」


 ナンシーと、アンジェリカに呼ばれた女性は、ドアを開けた先に呆然と立ち尽くすアルバートを見た。


「……? アルバート君? ということは……」


 次に、アンジェリカに顎の下を撫でられている黒猫を見た。


「お」


「あらぁ、この子贔屓が増えちゃったぁ。私の負けかしらぁ〜」


 アンジェリカはのんびりのんびり。ロドルを持ち上げて抱き抱える。ナンシーは血相を変えて走り寄る!


「お坊ちゃん! ……アンジェリカ様、お坊ちゃんに何したんですか!? お坊ちゃんで遊ぶのはよしてくださいと何度も何度も言いましたよね!? 私、言いましたよね!?」


 アンジェリカからロドルを奪いとった彼女は、彼を揺さぶって起こそうとする。


「お坊ちゃん! 起きてくださいまし! アンジェリカ様に何をされましたか!」


「……うぅ?」


「起きてください!」


 起きるよりも先に酔って気持ち悪くなりそうだ。


「……なんしー?」


「お目覚めですか!」


「ん? あれ、僕」


 ナンシーは起きて目をしょぼしょぼさせるロドルを見て、近くで唖然とするアルバートに問いただす。


「アルバート君、これはどういうことですか?」


「……月光瓶が壊れちゃって、黒猫になっちまったんだけど、材料が家になくてここで買おうと思ってきたんだけど、そこのクソババアが返してくれない……」


 たどたどしく答えるアルバートの、説明に全くなってない説明を聞いて、ナンシーはすぐさま理解したようだ。


「アンジェリカ様が悪いんじゃないですか! お坊ちゃんに何したんですか! それとアルバート君の首筋に穴が二つ空いてますよ!? また許可なく勝手に血を吸いましたね!?」


 アルバートは首筋に手を置いた。確かに穴らしき傷があるのを確認して、ゾッと背筋が凍る。


「だから頭が痛いのか……」


「アンジェリカ様!」


 アンジェリカはナンシーの怒号にへらへら笑って反省などしていない。


「だってー、可愛いんだもん? 可愛い男の子が二人いたらねぇ。いじめたくなっちゃうよねぇ?」


「だから嫌われるんです!」


 アルバートはゾッと悪寒が走る。


 二十七まで成長してはいるのだが、この魔女の前では自分はいつまでもあの時の少年のままなのだろう。


「うぅ? ……僕、あれ。瓶から出てる?」


「お坊ちゃん。大丈夫でしたか? アンジェリカ様に何かされなかったですか? ――襲われなかったですか?」


 なんとも人聞きの悪い質問だがアルバートはウンウンと頷く。ナンシーにとってアンジェリカは、それをしても不思議ではないのだろう。


「瓶の中に入れられて閉じ込められた? あと、着せ替えられた……」


 ナンシーはロドル猫の首に締められている首輪を見る。


「あの瓶。僕、出れなくて」


 ロドルは前足で入れられていた瓶を指す。全てを聞いたナンシーの肩はわなわなと震えている。


「ナンシー、僕の首輪を外して?」


 ナンシーは何も言わずそれをぶちっと引きちぎって外した後、その首輪を右手で握り潰しロドル猫をアルバートに押し付けた。


 アルバートはその悪魔の様な形相に何も言えない。


「アンジェリカ様?」


 アンジェリカに振り返って一言。


「ご覚悟は出来ていらっしゃいますね?」


「あらぁ。そんな怖い顔しちゃって」


 アルバートは思う。


 この人には絶対に逆らってはいけない、と。


「お分かりですね?」


 ナンシーは静かに笑う。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る