瓶中黒猫脱出劇Ⅰ
「頭痛い」
「お疲れ様」
首に真っ赤なリボンがあしらわれた首輪を巻かれ、尻尾にも赤いリボンが結ばれた状態で、まだ瓶の中に入っているロドル猫。不機嫌なアルバートは彼に声をかける。
前足と後ろ足はバンザイの状態で、とても窮屈そうだ。
「一回出されたの?」
「うん。服着せ替えられて、いろんな服を着た後にリボン巻かれちゃったんだ。嫌だって言ったのに首輪も……外したいよぉ」
うごうごと瓶の中で蠢めくが、体の体勢が変えられないようで窮屈極まりない。首輪に前足が届かないらしく、自力で取ることができないようだ。突っ張る後ろ足が少しでも緩めば瓶の底に落ちてしまう。
アルバートは瓶の中へ手を伸ばし、彼の耳の後ろをなぞった。ピクッと耳が動き、ロドルの顔がまどろむ。
「ここ、きもちいのか」
「うっ? ……うん」
確かにとっても柔らかい毛が生えているところだ。ロドル猫は、ふにゃふにゃ目を閉じて眠りこけ始める。
くすぐったそうだが気持ちよさそうでもある。
「うきゃぁ」
「ほれほれー」
「うぅ……」
気持ちよさそうに擦り寄るほど。
瓶の中はツルツルとしていて、冷たくヒヤリとしている。それにみっちり入っているロドル。
「なんでまた瓶の中に入ってるんだ? 一回出たんだろ?」
撫でながらふと浮かんだ疑問を投げかける。
「うん。アンジェリカが服を着せ変えたりした後に木の棒みたいな茶色くて細長いもの渡されて、それの甘い匂い嗅ぎながら舐めたりして遊んでたら、いつの間にか瓶の中にまたいたんだよ」
「……またたび……」
完全に猫扱いされている。
でもこの瓶は――。
「お前自身は爪が刺さらなくて出られないけど、俺が持ち上げれば出られるんじゃ?」
一回は出されたのだ。人が持ち上げれば出られるのだろう。
「本当!?」
「あぁ。多分」
嬉しそうにカリカリと爪で引っ掻くロドル猫。
「出して、出して!」
「待ってろ。ちょっとだけ引っ張る」
アルバートは瓶の中に手を伸ばし、ロドルの首元を掴んだ。
「それ首輪! 首締まる、締まっちゃう!」
「ごめん」
ぎゅうぎゅうに詰められているのでなかなか掴むところがない。彼の身体が小さいと言えどこの瓶も小さいのだ。みっちり肉が瓶の中に詰められ、膨らんだ毛が、その少ない隙間も隠してしまう。
「首の後ろなんだろうけど……瓶が邪魔で掴めないな。腕?」
腕というか前足の部分だ。
「痛い……」
「我慢しろよ」
「抜けちゃう」
アルバートは前足をバンザイにしたような、無様な格好のロドル猫の掴めるところを、もう一度確認する。
「前足しかなさそうだぞ」
「我慢する」
アンジェリカはどうやって出したのだろう。
それが一番気になった。
「あいつはどうやってお前を一回出したんだ?」
「……意識ない内だったから覚えてない」
さっきから気を失わされてばかりだな、とアルバートは思う。人間を気絶させるよりも猫などの小動物の方が圧倒的に気絶されるのは容易いだろうが――。
「甘い匂いがして、気づいたら服を着せ変えられている途中だったんだ。もう首輪されていたし、抵抗するも抑えられちゃうし」
薬品を嗅がされたのか。
「とにかく前足、掴むぞ。我慢しろ」
「うん」
「痛い……」
引っ張っても摩擦なのか動く気配がない。それと子猫なので、前足は折れそうなほどに細い。
「痛い」
「あれぇー?」
ロドルは未だ、瓶の中。
「もう少し強く引っ張るとか?」
「痛い痛い痛い!」
泣き叫ぶのか鳴き叫ぶのか。混ざり合ってどれがどれだか分からない。黒猫は瓶の中でめそめそと鳴く。
「痛い。折れちゃう」
「びーびー、喚くな! ちょっとぐらい我慢しろ! 女の子の前なら強がるくせに、俺の前じゃ泣き虫め!」
根性ないしヘタレのこいつの、引っ張っただけで折れそうな前足を、無理やり引っ張り上げるのは困難だ。
「分かった、分かった。鳴くなよ。泣くなって!」
「……ぐすっ」
瓶の中でもぞもぞ体を動かしたり、爪で引っ掻いたり、出口を見上げたり。
「僕、出られないの?」
半泣き。その顔には絶望の色。
「出られるから、安心しろ。な?」
「うわぁっん」
「泣くなよ!」
黒猫になっているからか、普段以上に幼児退行が酷い。
「ほれほれ」
「うぅ……」
慰めるためにアルバートはロドル猫の耳の後ろの毛を撫でる。
その時、閉まっていたドアが開いて彼女が出てきた。アルバートは彼女の顔を一瞥し、瓶の中のロドルは涙の溜まった目で見た。
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