月光瓶人質黒猫Ⅲ

「……出してぇ! 出してよぉ!」


「ちょっとそこにいてね」


「にゃぁっ! うわぁっん! 出れない! 助けてぇ!」


 悲鳴のようだ。鳴き声と泣き声が混ざっている。


 拘束状態にかなりのトラウマを持つ彼は、他人が想像する以上に強い恐怖感に苛まれる。


「さて」


 アンジェリカは瓶の中のロドル猫を置いて、棒立ちになったままのアルバートに向き合った。


 嫌な予感しかしない。


「貴方、お金どれくらい持ってる?」


「それなりには持ってきたぞ」


「そう? 足らないって言ったらどうする? 貴方の大事な大事な親友は、囚われて瓶の中。お金次第じゃ一生私のものよ?」


「だから足りる額は持って来てる!」


 アンジェリカは舌舐めずりをする。


 アルバートの顔をグイッと持ち上げて耳元でこう言うのだ。


「中世恐れられた復讐者、レヴァナントの血も美味しいって評判なのよ? 私は覚えているわよ? 貴方と初めて会った時のキスの味」


「……俺は思い出したくもない」


「あらそう? でも、瓶の中のお姫様はしくしく泣いているわよ? 助けなくていいの? 私のおもちゃになっちゃうわよ?」


 アルバートはロドルの方を見る。


 ロドル猫は前足と後ろ足がバンザイ状態という不恰好な状態で、前足で顔を隠して泣いている。


「アルバートぉ……助けて」


「どうするの?」


 アンジェリカは聞く。アルバートは舌打ちをした。


「……血はやらない。断ればどうなる? また前みたいに無理矢理にでも血を吸うか?」


「相変わらずつれないわねぇ。じゃあ遠慮なく」


 アンジェリカは「あっ」と指を指した。アルバートはつい振り返ってしまいそれを見た。


「ぐあっ!」


「……まずは十字架。貴方はクリムちゃんとは違って十字架が武器になる。私も触るのは無理だけど、見るだけなら平気。とりあえず目を潰したわよ」


 復讐者の俺には、十字架は眩い光の塊に見える。太陽を直視すれば目が焼けるように、直視すれば数分間は視界が奪われるのだ。


「卑怯だぞ!」


「卑怯もなにもー」


 アルバートはよろよろよろめき、何かに触った。ピリッと電流が流れたような感覚がして、地面に膝をついた。


「この店には魔法陣が張り巡らされているって事、前に言ったわよね。私が指示しない限り発動しないけど、それが便利なのよ。……退魔陣」


「グアァァァッ!」


「そろそろフィニッシュ」


 アルバートがアンジェリカに魔法陣で倒されていくのを、瓶の中のお姫様は見ていた。


「アルバートぉっ!」


「おしまいっ」


 アンジェリカは、力なく崩れ落ちたアルバートの首に牙を立てる。アルバートの意識は、まだ辛うじてあった。全身が痺れて動けないだけ。血が吸われて意識が刈り取られるのを、身体が動かないアルバートは体感する。悪夢でしかないその感覚を。


 ロドルはその瞬間、目を瞑っていた。


 完全に気を失ったアルバートを、アンジェリカは抱えて奥の部屋に連れて行く。そこでなにが起きていたのか。


 それはアンジェリカ、当人しか知らない。

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