絶品朝食一人前Ⅱ

「えっと……こっちの坊やかな?」


 ウェイトレスはロドルの方を指し示す。


「あっちゃー、負けちゃった。こいつはいつでも貸してあげるから、お仕事終わりに声かけるよ」


 ウェイトレスが足早に去った後。ロドルはアルバートが置いた手を叩いた。頭から火が出そうな勢い、そんな感じだ。


「僕を勝手に売るんじゃない!」


「いいじゃん、可愛い子だし。魂取って食べちゃえば?」


「僕はそんなことしない!」


 アルバートはロドルの顔を見てニヤリと笑った。案外、こういう時に打算的で、素直なのを、アルバートは知っている。


「……で、あの子が仕事終わった後に声かけるの? かけないの?」


「一応かけるよ」


「候補として?」


「……そりゃね。最近、どす黒いのしか食べてないから綺麗なのを口に入れないと」


 ロドルは水を一口飲んだ。


「真っ黒でも喰えるっちゃ喰えるけど、好き好んで食べようとは思わないし、やっぱり綺麗な魂の方が美味しいよ?」


 真顔で言われると、少々肝を冷やす。


「さっすが五百年前に『紅瞳のシニガミ』となんて呼ばれただけある悪魔っぷりだよ」


 ロドルは苦虫を噛み潰したような顔で聞いていた。その異名が彼は気に入っていないようだ。


「……戦争があれば魂なんて吐き棄てるほど落ちているからね。アレのおかげで今はそこまで喰わなくても大丈夫だけど、保険は必要だろ? どうする、僕が本能のままに魔王城の魂喰い尽くしたら。どうするんだよ」


 地獄絵図だな、とアルバートは思う。


 そうしている間に料理が運ばれてきた。カットされた食パンの上に、ベーコン、目玉焼きが乗っているセット。サラダとコーンスープもついている。


「カフェラテのお客様?」


「あ、俺です」アルバートが手を挙げる。


「ミルクティーのお客様?」


「僕です」ロドルが手を挙げる。


 目の前に置かれてウェイトレスは立ち去った。ロドルはまだミルクが入ってない紅茶にミルクを入れて砂糖を混ぜる。アルバートは出されたまんま飲み始めた。


「ん? ミルク入れなくていいの?」


「俺はお子ちゃまとは違うからなぁ。一杯くらいでいいや」


「あ、そう」


 ロドルは甘くなったそれを一口。


「僕、お子ちゃまだからミルク入れるわけじゃないのに。好きだから入れるのに」


「カンタレラのお茶じゃなくて残念だったな。アレはミルクをたっぷり入れた時の甘さが売りだから」


 ロドルは黙り込む。


「美味しいな。卵とベーコンが」


「うん。正解だったかもね」


「そういや、野菜が生で食べるようになったの、いつだっけなぁ。俺たちが生きていた頃は野菜といっても根菜しかなかったし、豆とかは野菜とは言えないからかなり少なかった気がするんだけど。根菜もスープで煮るかしか料理法なかった気がするよ?」


「ベーコン旨い」


 ロドルは聞く耳を持たない。


「久しぶりに豚肉食べた気がする。コレってさぁ、もう店の裏手とかで屠殺されたものではないと思うけど、油たっぷりだよなぁ」


「美味しい」


「無我夢中だな……そんなにがっつくなよ」


 アルバートはコーンスープを一口飲む。トウモロコシもだいぶ後に出たものだから、生きている時に飲んだことはない。


「ぷはぁ」


「そんなにお腹空いてた?」


「うん。あと、美味しかった」


 そりゃよかったとアルバートは頷く。


「そういえばお前がよく作るサンドイッチの具材って、ベーコンと目玉焼きの組み合わせだなぁ。当時高くて到底買えなかったやつだ」


 そういえばとアルバートは考える。ロドルは首を傾げて、口の周りを拭いた。


「頬っぺたに欠片ついてるぞ」


「え。嘘」


「ここだ」


 アルバートはロドルの右頬についた卵なのかベーコンの欠片なのか分からないそれを指で拭った。どう食べればそんなところまでつくのだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る