絶品朝食一人前Ⅰ

「ウィリアム坊ちゃん、お買い物かい? 田舎のお母さんは元気にしているか? 今度、帰ったらビールを持ってきておくれ」


「うん、おじいさんも元気でね。死なないでよ?」


「まだまだ若いもんには負けんわい」


 ロドルは建物の一階に降りた時、大家であるお爺さんに声をかけられた。知り合いなのだろう。にこやかに、冗談も混じりつつ談笑している。


 ウィリアム、というのはここで名乗っている偽名だろう。


「おい。あの爺さん、五十年前もここの大家じゃなかったか? 長生きし過ぎじゃ」


 アルバートはコソリと聞く。二人の会話の中で、不思議に思っていたことがあって、ロドルがお爺さんから離れた時に聞いたのだ。


「あぁ、今年で百十六歳だって。長生きだよね」


 自分らの基準で数えると、百十六年も大した長さではないのだがそこは棚に置いておく。


「五十年前もいたっていうことは、俺らがそれから見た目の姿が変わってないのも気づかれるんじゃ?」


 アルバートはまたコソッと聞く。


「ボケてるからまだ。僕のことは昔よくビールを送ってくれた知り合いの息子だと勘違いしているらしいし……」


 その時だった。


「アルバート、ジェイコブ!」


 爺さんの声に二人は勢いよく振り返る。そして爺さんはロドルの耳元に近づいて一言。低い声で戒めるように。


「異端審問に突き出されたくなかったら、ビールを樽で持って来な。お二人さんじゃぞ」


「分かっていますよ。嫌だなぁ」


「ふん! ジェイコブは見た目若くていいのぉ。アルバートの方は人生楽しい時に止まって羨ましいのぉ」


 爺さんはそう言って二人に手を振った。


「ビール待っているからの」


「いつもありがとうございます」


 ジャックとはジェイコブの愛称である。だからジェイコブというのは、彼の正式な名前という事になる。


「……とまぁ、たまに僕らが魔族だという事を思い出してビールをせがむんだ。案外、記憶力はいいみたい。あと耳も――」


「なるほど」


 ロドルは懐からメモを取り出す。


「とりあえず、今は買い物だ。生鮮食品じゃない。服とか日常品、文具を買い足す。雑貨も見られたら見たいな」


「俺、スープ飲みたいよ」


「お腹すいたの?」


 アルバートが頷くとロドルは自分のお腹をさすった。


「……僕もだ」


「じゃあ、まずは腹ごしらえからだな」


 アルバートは通りの向こうを指す。指をさした先は六番街だ。その街道沿いに、酒屋や飲食店、繁華街がある。


「パンとスープ。パンとスープ!」


「……今の時代ならもっといいもん食えるだろうに、それでいいのか?」


「いい! 基本はパンとスープに決まってるだろ!」


 生まれた時代にそれしかなかったもので、自分らはそれしか知らない。


「あ、それ美味しそう」


「入るか!」


 立ち寄ったのは最近流行りのカフェだった。


「二名様ですかぁ?」


 指で示すと奥の席に案内される。ウェイトレスは黒いロングワンピースに、白いエプロンを身に着けている。


 貴族の家でよく見るような、メイド服姿だった。


「……あの子可愛いな」


「可愛いと思うけど、お前な」


 ここはカポデリスである。魔族の自分らが人間に声をかけるのはまずいのである。バレたら大変な事になる。


 お冷をもらいメニューを見る。


 ロドルは店に入る前から決めていたので、アルバートが決めるのを待つ。メニュー表を覗きこむとアルバートが聞いてきた。


「お前はどれ?」


「僕はこれ」


「……俺もそれにしようかな」


 アルバートはメニュー表を置いた。


「すみませーん!」


 手を上げて声をかけるとウェイトレスがかけてくる。


「お客様、ご注文は?」


「コレ、二つね。あと――」


 アルバートはウェイトレスの顔をじっくり見てにっこり笑った。その顔に、ロドルは嫌な予感しかしない。


「おねぇさん可愛いね。お仕事終わって暇があったら俺と遊ばない? あぁ、こいつでよければこいつも呼ぶよ? おねぇさん、どっちがいい?」


「おい、お前な」


 いきなりナンパを仕掛けるアルバートにロドルはあきれ顔。ウェイトレスは困惑した顔を見せる。

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