不法入国計画中Ⅱ

「フェレッティ公爵家、身分証……。僕の最高権力を使わせてもらうのさ。まさかこれを持てるものが、悪魔だとは思わないだろ? ましてやコレが千年も前に作られたもので、それを使う人がどこにいる? 見せるだけで僕はその図書館の御主人様だよ」


 ロドルはニヤリと笑った。


「なぁに、心配しなくてもいい。不正だと気づかれても畏れ多くて誰も聞かないさ。どんな最深部でも入り込め、どんな本でも借りられる。コレを見せるだけでどんな冒涜罪だろうが赦されるんだもの。使う他ないよ」


 あぁ、こいつはやっぱり悪魔だ。


「……悪魔」


「僕は悪魔だよ」


「いや、ほんとお前、悪魔……」


 アルバートは頭を抱える。だが、ある事に気づいた。最高権力者は何もこいつだけではないのだ。


「あれ? でも、さすがにご子孫様は借りたものとか見られるだろ? そうしたらどうするんだ」


 ご子孫様、つまりフェレッティ公爵家の人たちの事だ。


「あぁ、それはね」


 ロドルは一瞬だけ空を見た。


「受付なら出た後に受付員の記憶を消して借りたデータも消しておくんだ。でも、図書館の義務は『利用者の返却履歴の詮索はしない』だから、勝手に見られる事はないんだよ。どんな権力者だとしてもね。『図書館はどんな検閲にも反する』それが守られるなら僕の返却履歴は誰にも見られないはずさ。不安ならデータ改竄くらいはするよ。人の記憶は曖昧だから、消すのはそう難しい事じゃない。それで不安なら……」


 ロドルは表情を暗くした。


「どうするんだ……?」


 アルバートはなんとなく嫌な予感がした。


「女の人なら籠絡して契約者に仕立ててしまえば魂も取れて喰らえるし、他人に言わないように洗脳してしまえば僕の存在もバレないだろ? 男は僕、魂を喰べても美味しく感じないから好きじゃないけど、女の人なら……そうして……しまえば……さぁ」


 ロドルの最後の方の台詞がたどたどしかったのは、アルバートがロドルの頭を思いっきり殴ったからだ。


「痛い……」


「悪魔の本能としては大いに結構。この天然タラシ野郎め。堕として喰らった魂はいざ知らずってか。……さっき言った通り、悪魔の本能としては大いに結構。でもな、昔に魔族専属賞金稼ぎやっていた身としては――平伏し、赦しを請うべよ」


 アルバートはロドルの頭を押さえて下に力を入れ続ける。馬力がないロドルはアルバートの圧力のまま、地面に膝をついた。


「ごめんなさい、は?」


「……ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんってば!」


 アルバートはため息をしてから手を離す。


「……そりゃな、悪魔だもんな。魂食べなきゃ死ぬもんな。というか飢餓状態に近くなるんだっけ? 苦しいから喰うの方が近いんだっけ」


 ロドルはグッシャグシャになった髪を整えながら頷いた。


「ある程度は平気だけど、初めの頃は苦労したな。僕、元は人間だし一応それ相当の良心もあるし……」


 それでも結果的には喰ったのだろう。


「契約者か」


「あ……初めの人は契約者じゃなくて、あまりにお腹空いちゃって、我慢出来なくて、でも契約者求めるにも下心ありまくりな気がして声かけられなくって、えっと……歩いてた人……言わなきゃダメ?」


 襲ったのか。


「いいよ。というか、いちいち顔真っ赤にするなよ。聞いてるこっちが恥ずかしくなる」


「……お腹空いていたんだもん! 我慢出来なかったんだもん! こっちだって、夜中に歩いてなきゃまだ……夜中に歩いてるのが悪いんだよ! 確かにそのまま魂喰わないでいればそのまま死んだだろうけど、予想以上に苦しいんだよ! 飢餓状態だよ!? お腹の皮と皮がくっ付く苦しさ知らないでしょ!?」


 開き直るなよ。


 アルバートはまたため息を吐く。


「悪魔め……ほんと、悪魔め」


「コレだけは本能だもん……吸血鬼が血を吸いたがるのと同じだもん」


 駄々をこねる子どもみたいな口調だが、こいつは千年も生きる悪魔なのだった。

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