貸出遅延常習犯Ⅲ
「……『悪魔召喚術』写本だ」
「悪魔が召喚術を学ぶのかよ」
何を召喚するつもりなのだろう。
「しかも写本? いつの本だよ」
活版印刷技術が開発されたのは、五百年ほど前だ。それ以降の本はだいたいに活字が使われている。
「……僕らが生まれて二百年くらい後の本だ。だから何年だ」
「六世紀? ……だいぶ古いな」
アルバートはざっくり計算する。
「お前、活字出てからの本の方がまだ安くなってるはずだろ? なんでそっちは借りなかったんだ」
ロドルの手にあるリストを覗き込むと、どうやら全部写本だ。
「……僕、活字慣れないんだよね。同じ形が並ぶのが気持ち悪くて。活版出てからの本よりも写本の方が好き」
「写本の方が人によって読みづらい字とかあるのに」
「しかも文が変わるからね」
「活版技術は良いよ。革命だったよ。俺あの時感動したわ」
内容だけで彼らがいかに古い時代の人間なのかが分かるだろう。活版印刷技術。その活版技術で作られた者も出たばかりの頃は高価だったが、今ではだいぶ安くなっている。これにより庶民にも広く本が広まったとされている。ロドルたちが生まれた時にはもちろん無く、その頃の本は全て人の手で書き写す写本である。
「写本……っていうことはここじゃないんじゃ? 書庫はあるよな、お前の」
「書庫は隣だよ」
ロドルは部屋の奥を指差した。薄靄と、霧のような埃が充満しているのを見て、アルバートは顔を顰める。
「掃除しろよ」
「読んだ本はそっちに移動するから。後は魔王城の図書室に置いたりするけど、借りた本はさすがに自分の部屋に置いてあるはずだよ」
ロドルが持ってきた鍵を借り、アルバートは開けると埃が舞う部屋を見て顔を顰めた。
「薄い布貸して」
「あぁ、口覆わないと咳き込んじゃうよね。僕もしよう」
入り口付近にその本はあった。
「……『悪魔召喚術』あったぞ」
「よし、一冊目は確保だな」
アルバートはこのペースなら全て見つかるとは思った。書庫が広いのはこいつが空間をガン無視して、魔法陣で無理やり異空間を作っているからである。
全く便利な魔術だ。
「埃っぽい」
「借りてくる本も埃被っているものばかりだから、仕方ないんだ」
もごもごと布の下から声を出し、ロドルが頭に乗った埃を払っている。目に何か入ったのか擦ったり、クシュンとくしゃみをしたりする。
「あんまり目を擦るなよ」
「……痒い」
「お前は部屋を出ていろよ」
アルバートはロドルに書庫の外を頼んだ。木箱は何個かある。背が低いこいつでも、それに乗れば届くだろう。
「リストをメモするからちょっと貸せ」
アルバートは燕尾服の懐から一本の万年筆を取り出して、羊皮紙に本のリストを作る。自分はそこまで字が上手い方ではないが、何もないよりはマシ。
「お前の場合は目が失明したら魔術使えないんだから……大事にしろよ」
え? とロドルがぽかんとした顔で呟き、左眼を抑えた。
「あー、確かにそうか。視力はいい方だけど」
「お前の左眼がやられた時、俺は肝冷やした」
こいつの左眼に傷が付けられた時、俺はもう既に死んでいる。
「……アルバは心配し過ぎだよ」
「いーや、お前の人生は事件が多すぎる。物語の中のお姫様の方がまだマシと思うレベルに事件巻き込まれやすいぞ、お前」
アルバートの言葉にロドルは不審そうな顔をする。しばらく考えてから一言。
「お前の中の僕の年齢って、何歳かで止まってないか? 僕、今は何歳だと思ってる」
そういえば意識上では止まっているのかもしれない。彼の酒を飲むと幼くなる言動もあるとは思うが、何歳かで止まっていると改めて考えるとしたらあの頃だろう。
「そうだな。考えると止まってるのかも。……それより、本探しの続きやらないか?」
話を変えられたロドルはむくれたが、話がずれているのは確かなのでアルバートの言葉に倣う。
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