貸出遅延常習犯Ⅱ

 昔二人でどんな悪いこともした。それは、幼かったことと、貧民街という環境がもたらした不幸だった。天界から見ても隣にいるこいつは天界に行けるようなものじゃない。現に自分は死んでも天界には行っていないのである。


「なんでお前、天界に行けたんだろうな」


「知らないよ、それより」


 ロドルはアルバートの顔を見上げる。背が低いので、顔を見るにも見上げなくてはならない。そこはなんだか幼い子どもが親の顔を見上げるみたいで、微笑ましい。


「手伝ってくれ。断れば鎖で縛って無理矢理にでも連れて行く」


 台詞が可愛くないが――。


「まぁいいよ。というか、本気でそれやりそうで怖い」


「断ったことないもんね」


「断っても呪いとかかけられそうだから断れねぇよ」


 アルバートの呟きにロドルは「僕、呪いは出来ないんだけどね」と答えた。そういう話でもない気がする。


「手伝ってやる。俺もたまにはカポデリスに行きたいし、酒奢るとかなしでいいから手伝ってやる」


 ロドルはそれを聞くとパアッと顔を明るくした。


「本当!? じゃあ気が変わらないうちに来てよ!」


「……はいはい」


 見た目の年の差的に、年が離れた兄弟に見えるんじゃないかとアルバートは思った。弟はコイツか。兄は自分か。


 とても嬉しかったのか、腕まで引っ張って急かしている。


「ジャック」


「……なに? アルバ」


 首を傾げるロドルに、アルバートはなにを言わなかった。「なんでもない」と、お茶を濁すだけ。


「いやさぁ。僕も探したはいいけど、もしかしたら僕の書庫かもしれないから……そしたら上の本とか取れない」


「あぁ、お前チビだからな」


「チビ言うなよ」


「チビはチビだ」


 ロドルはプクッと頬を膨らませたが、野郎のそのむくれ方は可愛くはない。


「仕方ねぇな」


「まずは僕の部屋から探してよ」


 ロドルは自分の剣を取り出した。空気中から突如と出した、と見えるその剣は彼の身体と結合している魔剣である。真っ黒な刃渡りは魔王城の暗い明かりに照らされて怪しげに光る。


 ロドルはその剣を地面の魔法陣に突き、それを発動させる。言わば魔法の杖のような役割なのだろう。


「と、まぁこんなもんだね」


 ロドルはアルバートに遅れて部屋に入ってきた。アルバートはいつも思うのだが、この部屋は本当に散らかりまくっている。本は散乱しているし、薬品が垂れた跡が残っているし、机の周りには紙が撒き散らされている。なにもないスペースはベッドの上だけ。それ以外は強盗に入られたかのようにしっちゃかめっちゃかだ。


 どこで寝ているんだろうか。


「ベッド上しか安全地帯が無い」


「座っててよ」


「お前は?」


「僕もそこに座るよ」


「お前、どこに寝てるの?」


「ベッドの上だけど……?」


「こんな薄い毛布で?」


 アルバートはペラっと毛布を指で摘んだ。


「地面に寝てた時もあるけど、やっぱりベッドで寝たくてスペースは確保したんだ。毛布は持ってるのがそれしかない」


「買えばいいじゃん」


「……いざとなったら猫の姿で寝るから。毛皮がもふもふで気持ちいし、布団が薄くても平気だし、人より体温高くて温いし……地面でも本の上でも寝られるから」


 そんな理由で猫になるのかよ。


 変身術と言うほどでもないが、ロドルの化身は黒猫である。忘れかけられているが、猫になれるのだ。元はと言えばかけられた呪いの所為なのだが、本人は楽しんでいるらしい。


「お前な」


「猫の姿で日向ぼっこすると、とってもあったかくて気持ちい」


 たまにお昼頃、窓が大きく開いたテラスにて寝ている真っ黒な子猫を見かけることがある。毛並みがボッサボサの黒猫は気持ちよさそうに寝ているが、周りの使用人はちょっかいを出すことなく素通りすることが多い。


 間違っても「執事長、仕事してください」と抱き抱えたりしてはいけない。死にたくなければ――。


「今度、テラスで寝てたら『にゃん』と鳴けよ。猫なんだから」


「にゃん、て?」


「今じゃないよ」


 アルバートは本が溢れた本棚を見上げた。


「初めの本はどんなタイトルだ」


 ロドルはリストを見て読み上げる。

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