魔王城勤め社畜の有給休暇
貸出遅延常習犯Ⅰ
伝書鳩が来ていた。手の甲に乗せたパンくずを啄む一羽の鳩の首に首輪が巻かれており、そこに括りつけられているのは一枚の紙きれ。ため息と安堵の声と――、混ざり合い吐息を漏らす。
「やっと来たか」
彼はそう呟いて積み上がった本を見る。探さなければならないものが、この中に何冊あるだろうか。きっと一人では見つからない。例え一人でやったって、何日かかるか分からない。
「……手伝いが欲しいな」
そう言って部屋を出る。着慣れた燕尾服。いつもの仕事着。
ドアがない部屋を、外と繋ぐは魔法陣。
◇◆◇◆◇
「執事長ォッ!」
アルバートは廊下を歩いていた親友に声をかけた。親友、ロドルは迷惑そうに振り返り、アルバートの顔を嫌そうに見た。
そんなに嫌か。
「アルバートか……。丁度いい。手伝え」
「へ?」
アルバートは間抜けな声を出す。
「カポデリスに行くんだ。それで買い物を頼まれているついでに僕の用事を済ませようと思ってね」
「……まぁいいけど、何するんだ?」
「物を運ぶだけさ」
「何を?」
ロドルは一瞬目をそらした。
「何を運ぶんだ、おい」
まさか危ないものじゃないだろうな、アルバートはそんなことを考える。違法なもの。多くは語らないが――。
「……本だよ。四十冊くらい、借りていた物を返すだけ……」
「四十冊」
「そうだよ、四十冊だよ……」
「重くて持てない」
「そうだよ、重くて持てないんだよ」
汗をダラダラと流す親友は、背が低いし、体も小さい方だとは思う。結果的に自分は彼を見下ろす形になる。
「……またそんなに借りて返せなくなったのかよ……」
「ごめん、また頼みたい」
「魔法陣で送るんだろ、それは作ったのか?」
アルバートはロドルを見下ろしたまま聞く。彼の得意分野、魔法陣は物質を別の場所に飛ばすことができる。だから、運ぶ時は大抵それを使っているはずだ。
「……まだだ」
「なんでだ?」
「借りていた本が見つからなくて」
「? ……見つからないのになんで数は分かってるんだ?」
ロドルは一枚の羊皮紙を懐から取り出した。小さい四角いもので文字は小さい。それがぎっちりと隙間なく詰め込まれている。
「……リストか?」
「うん、本のタイトルは書いてある。今朝来たものなんだけど、返却期限過ぎているのが四十冊。請求が来てしまってね、早く返さないと追加料金が出ちゃう」
「確かに四十冊……だな」
アルバートは流し読みして数を数えた。このタイトル……。
「禁書ばっかだな」
「……あぁ」
「悪魔が禁書借りる図っていうのも面白味がある気がするぞ」
アルバートの皮肉にロドルは顔を背けた。
「とにかく早く返さないとまずい。だが、本が見つからない。だから手伝え」
「……そんなこと言われたってな」
お前が延滞するのが悪いのだと思う。
「お願いだから! 追加料金いくら取られると思ってる!? 数十万は取られるぞ! ぼったくりなんだよ!」
お前が通うお茶屋よりはマシだと思う。
この世界の図書館に、無料で本を借りられる公共図書館なんてものはない。本が一冊数万するのは当たり前で、ロドルが借りるような禁書になると何十万はするだろう。こいつの収入はほとんど本で消えると言っても過言ではないが、それにしたってここまで追加料金を取る図書館はあそこしかない。
「……どこの図書館だ」
「フェレッティの……ノービリスだ」
「やっぱりか」
やっぱりあそこだったか。
「お前の『お家』の図書館に俺は入れないぞ」
「大丈夫。……身分証はこの前オークションで競り落とした」
「違法だろ」
「そりゃそうだ、犯罪だよ」
ロドルは真顔だった。
「犯罪者め」
「悪の権化である悪魔が今更だよ」
「……それもそうか」
「そうさ」
無理やり納得させられた感はあるが、とりあえずはそういうことにしておこう。
「そうかお前、悪魔だったか……」
「なんだよ」
「いや、なんでもない」
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