Ep.10 蹂躙Ⅱ ※

「よし、いい子いい子」


 スープを飲んでもお腹は膨れなかった。そりゃそうだ。固形物を全く食べてないんだから。


「お腹空いた」


 ボソリと呟いてしまったのはその空腹に耐えられなくなったから。お腹が温かくなってポカポカする。じんわりじんわりと体温が上がって、頬っぺたが温かい。


「あっ」


 急に込み上げてきてなんとか耐えた。


 でも、男には気づかれたみたいだった。


「えっ」


 男は何も言わず僕の首の鎖を外し、僕を抱えて肩に乗せた。頭が下になるように担がれてドアを出た。確かに僕は足首を縛られて自力で動けないけど、こういう運び方は無いだろう。


「ここでしてね」


 あの酒蔵兼監禁部屋から、しばらく廊下を進んだ、煉瓦で仕切られた粗末な部屋。そこで僕は降ろされた。


「あの」


「服を汚したくないから脱がすよ」


「ちょっ」


 僕の目の前には水瓶が置いてあった。


 やっぱりそうか。そして、どうやらこの男は、僕の足首の縄を解いてあげようという気は無さそうだ。


 手首も同様だろう。


 最悪だ。足首の縄さえ切ってもらえれば、ここから逃げられる最後のチャンスになったのに。


「せめて縄を解いてよ!」


「ダメだよ。あー、でもワンピース汚されるとちょっと困るかな……大丈夫。君は男の子だし、同性だから。君が異性で可愛い女の子ならちょっと躊躇ったけど、まぁ大丈夫でしょ」


 冗談じゃないだろ。


「大丈夫、大丈夫。我慢しても無駄だよ。十分飲んじゃったんだから堪えるのもキツイでしょ」


 男の企みは、それもあったのだろうか。


「悪魔!」


「うーん、まぁ悪魔に捕まっちゃったのが運の尽きだよ。ほら、我慢する方が体に悪いでしょ」


 僕は水瓶の前に立った。


 腰の縄だけ外されて、ワンピースがたくし上げられる。胸元のボタンは外されて、頭を抜き、縛られて動かない手首まで上げられた。ワンピースの下に重ね着していた衣類も同様。


 縛られた手首に集められた服は、布の塊のようだった。


 男はそこを掴んで僕の背中を蹴っ飛ばす。


 いきなりのことで僕は慌て、僕は半裸状態のまま、水瓶の前に屈するように膝をついた。


 男は僕の手首を上に持ち上げるのだが、これは予想以上に痛い。手首を後ろ手で縛られている為、無理やり持ち上げると肩の関節が外れそうで、骨がミシミシと嫌な音を立てる。関節が曲がる方向と、逆にひねっているのだから当たり前だ。


 腕がじ切られそうで、思わず悲鳴を上げた。


 僕はそれを緩和するために、身体を前かがみにする。結果的にそれは水瓶の中を覗きこむような体制になり、目の前に見える光景は最悪だ。水瓶の内側は濡れていた。


「君が奴隷として売られるんなら、この白くて綺麗な背中には焼き印が押されることになる。一生消えない、人以下の奴隷烙印をね。でもね、君は観賞用だからそこまではされないと思うんだ。毎日清潔な服は着せ替えてもらえるだろうし、ご飯も貰えると思うよ。高く買ったんだもの。それぐらいの対処はされるさ。屋敷の隅で座って待つだけの人形とか、労働は一切免除されて主人のお飾りになる。お兄さんもよく話を聞くんだ。前に君と同じ黒髪の子をお兄さんは攫って売り飛ばしたことがあるんだけど、その子はまるでお姫様みたいに大事に大事にされてる。塔の最上階に閉じ込められて、主人の寵愛を毎日受けて、お人形に服を着せ変えるみたいに可愛いがられてるんだよ。その子は女の子だったから、よく付き従ってくれるいい子にするのに時間はかからなかった。黒髪の子であと分かっているのは、繁殖させたら子どもがみんな黒髪の子だったらしいということ。みんなまた、他の家に売られていったけれど……君の場合どうだろうね」


 一生着せ替え人形か――、僕はその子を憐れんだ。


「さて、お兄さんはここで君の手首を掴んでいるから早くしちゃいなよ。きついでしょ? 堪えるのも限界でしょう。さっきから君の反応は遅れ気味だ。余計なところに力入れて堪えているからだよ、まったく。さぁ、洩っちゃう前に早く」


 男は僕の手首をまた上に引っ張り上げる。痛くて堪らず立ち上がり僕は男の顔を見た。僕はどんな顔をしていただろう。


 痛さに悶える僕の顔は――どんなだったろう。


「失敗しちゃったら、お兄さんが君の身体を洗ってあげるから心配しないで。ちゃんとお兄さんが見ていてあげるから。あー、そうか。そこ脱がさないと無理か」


 男の手が、僕の腰当たりに触れた。


 一番の救いだと思ったのは、この男はさっきショースを脱がしたらしいということは分かっていたが、ちゃんと下着だけは付けされてくれていたらしいということだった。


 それが確認できたのは、僕にとっては大きかった。

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