Ep.10 蹂躙Ⅰ
「起きろ」
「イッ……」
足に鞭が振るわれた。ヒュッ、とそれは音を立てて僕の足に落とされる。僕はその痛さで目を開けたが、最初ここで起きた時みたいに上体を起こすことができなかった。首輪が重い。
ウンウン唸ってもどうしようもできなかった。
「あ、そうか」
男は僕の身体を起き上がらせ、すねを地面につけて、その上に太ももが乗るように曲げ、座らせた。僕はこの座り方がどんな名前なのか知らなかったが、しばらくして足先に血が廻らなくなりそうな座り方だと思う。太ももで圧迫されてふくらはぎがじんじんする。それはふくらはぎの傷が他の所に比べて圧倒的に多いからで、止血しなければいけない傷を無理矢理圧迫して、止血どころか出血を多くするような。
クリームが入ったケーキを押し潰して、クリームがたっぷり出るようにするみたいな感じだった。
つまり、かなり痛い。
「起きろと言ったらすぐ起きろ」
またヒュッと音がした。この体制だと自分の顔や身体に飛んでくるように見える。この男の言動からしてそれはありえないことだと思ってはいたが、それでも怖いものは怖い。
僕は目を瞑って、鞭打ちが終わるのを耐えていた。
「アガッ」
男が僕の頭を掴んで足の方に押し付けた。耳元で一言。
「……『はい』は?」
「……はい」
今思えば、男のこの行動は僕が売り場で暴れることを防止するために、事前に仕込んで絶対に従うように調教する為の拷問だったのだと思う。
逆らえば恐ろしいことがある、と教え込む。
僕の場合、女の子として振る舞うよう演技を強要させる為により強力に暗示をかける必要がある。
実際、ここまで痛みつけられれば「逃げよう」だとか「従うもんか」と、思うことすらも馬鹿馬鹿しくなってくる。それでも拷問が止まないのは、僕がどこかで逆らおうとしているんじゃないかと思っていたからだろう。
確かに、まだ僕は逃げようと思っている。
「その首輪は所属する売り場の会員様限定の品でね。かなり重いのもあるけど、錠の構造が複雑すぎて、専用の鍵がないと到底開けられないんだ」
首を完全に覆う首輪か。僕が今短剣を手に入れて自害しようとしても、こいつに阻まれて首に剣は突き刺さらないだろう。奴隷の自害防止もある。
「だから逃げようと思わないことだね」
鍵は誰が持っているの、と聞きたかったが口を布で塞がれているせいで声は出なかった。
「そうだ忘れてた。君、お腹が空いてるでしょ。スープ持ってきたんだけど。食べたもの、全部吐いちゃったし、お腹の中空っぽでしょ」
あぁ、やっぱり全部吐いたのか。
そういえば、ここに来てから液体しか飲んでいない気がする。大量の葡萄酒に水に次はスープか。そういえば――。
いや、まさかな。ここまで飲んでいたとしたら確かにあの生理現象が起きるはずだ。でも今の状況でそれは嫌だ。
「ちょっと外すよ。声、出してみて」
男は僕の後ろに回って口の拘束を解いた。
「あ」
「うん、声戻ったね。良かった、良かった」
「……いま何時?」
「やっと会話できる! 今はねぇ、まだ深夜ってところだね。日が昇って朝になる前に、ここから移動して売りに出すから、それまでお兄さんと一緒だよ」
よほど嬉しいのか男のテンションが高かった。嬉々とした表情でペラペラ喋る。会話の内容はドス黒いのに、表情はまるで心躍るような楽しいことを話すかのようだ。
僕はここで初めて男のこんな顔を見た気がしていた。
「はい、口開けて」
口を開けると塩辛い液体が流れ込んできた。あったかいものを久しぶりに飲んだ気がする。
「美味しい?」
「うん」
「そうか! それは良かった」
普通に美味しかったので頷いたが、自分にこういう非人道的なことをする悪魔だとは思っていた。会話の口調は確かに子どもをあやす優しい声だったのだが、やることは惨い。
段々と男の言葉を素直に聞くようになり、受け入れるようになり、自分が毒されていくのが怖かった。心が壊れていくようで、虚ろに働く頭の中が段々と壊れていく。
「暇だなぁ。この時間に起こしたのはちょっと君がずっと寝ていて退屈だったからなんだよ。女の子をいたぶる方が楽しいに決まってるけど、暇なのは我慢できないからね」
「うん」
虚ろな目で僕は頷く。
「結構暗示が効いてきたかな。明日おとなしくできる? 絶対にバレちゃダメなんだからね」
「……うん」
悪魔との契約だ。
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