Ep.11 操り人形に口はないⅠ
「終わったよ」
「ん。じゃあ、また眠ってもらおう」
男は僕にワンピースを着せながらそう呟いた。手首から頭を通してさっきの逆をする。空腹で、ペッタンコに潰れた腰回りに、太い縄が括りつけられてキツく縛られるのを、僕はなんの抵抗もせずぼんやりと眺めていた。
なんだかもういいや。どうでもいいや。これ以上ない屈辱を味あわされた僕は、男の言葉に頷くしかできなかった。
それにしても――。
「静かだね」
「ここ、お兄さんしか住んでないから」
「どうして?」
「お兄さん、人攫いなんかやっているけど、他に人が住んでいると都合が悪くてね。広い家を借りて地下を酒蔵にしたんだ。……ほら出来たね。髪もボサボサだから
この時点でこの男に洗脳されている僕は、素直に頷いた。
「うん。リボンがいい」
リボンは普段から結んでいたから、女の子としてということではなかったのだが、男はとてもいい笑顔を見せた。
「そうか! 何色がいいかなぁー、似合うもの探そうね」
「うん」
足首が縛られてぴょんと飛ぶことしかできないので、また男に担がれて移動する。男は行きと違い、帰りは僕を前で抱っこするみたいに運んだ。まるで猫を抱きかかえるみたいに僕のお尻を右手で支えて左手で僕の腰当たりを支えていた。
なんでこの運び方にしたのかは分からないが、僕にどっちが優位なのか従うべきはどちらなのかと、僕をあえて前抱きにすることによって主従の区別をつけたかった――なんて心理があったのかは分からない。
人間を運ぶにはあんまり合わない抱っこの仕方だとは思う。人間を運ぶというよりも小動物を抱っこしている感覚に近かったのだろうか。身体が小さく体重なんてさほどない僕だからこそ男はあえてこの抱き方にしたのかもしれない。
僕を猫みたいに扱う。
男は僕を人間として、もう既に見ていないのだ。
僕は男の肩に顎を乗せて、縛られた両手を男の背中の方に垂らしていた。全身を男に預けて甘えるように。
「痛くない?」
むしろこの抱きかかえられ方は、腕でしがみつくこともなく、足で踏ん張る必要もない。とても楽なのである。主人に甘えた子猫がすり寄るように、僕も男の方に身を委ねていた。
とてもいい気分だった。なんだか少し眠くて、男の体温か自分の体温かも分からない曖昧な感触が、あったかく温いのである。猫みたいに鳴けと言われたら鳴いただろう。ゆっさゆさと揺らされて頭がぼおっとする。
僕の鼓動と男の鼓動が、重なるように聞こえて心地い。
「うん、大丈夫」
この男は飴と鞭の使い方がとても上手かった。
従えば優しい言葉をかけ、頭を撫でて褒めてくれるが、逆らえば厳しく鞭を振るう。親がいない孤児の僕は幼い時から誰かに甘えることを知らない。そんな僕が自分を攫って拘束し監禁する、この男に甘えているのは傍から見ると異様で奇妙だろう。それでも僕は、この男に自分の身を預ける以外の方法がなかったからそうした。
この辺りも男の人身掌握の一種だったのだろうか。
拘束のせいで自分の力ではご飯を食べることも、排泄も着替えることも体を洗うことも今の僕にはできない。立つことも歩くことも座ることも上体を起こすことも――できない。
男が僕を動かしてくれなければ、僕は何もできない。
男が今ここで死んだとしたら、僕は動けないまま死ぬだろう。今の僕に「男に従う」以外の選択肢はなかった。
僕は男の理不尽であやふやな気まぐれの前に生きているに過ぎない。
今までの人生で積み上げられてきた僕の常識が、全て男の行動によって書き換えられてしまった。人は一人では生きていけないなんて言うけれど、僕の場合はこの強力な暗示のせいでかなり歪められているのである。まだ幼い僕の神髄に打ち込まれてしまった害毒は――恐怖支配。
自分は誰かに依存し、従者でなければ狂い死ぬ。
どんなに理不尽でも自分を必要とするのなら、なんでも従いどんなことでもするから、自分を見捨てる事だけは絶対にしないでほしい――、そんな歪んだ恐怖心だ。
僕は、見捨てられることがどんなことよりも怖い。
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