Ep.07 無邪気ゆえの罪Ⅱ
「お嬢ちゃん、ここで何をしているの?」
「えっと、お花を売っているの。お兄さんもいかが?」
僕は囮用の『姫』役だ。
「お花も綺麗だけど、お嬢ちゃんも綺麗だよ」
アルバートは僕を助ける『騎士』役。
「そう……かな?」
さりげなく髪を指に巻きつけ弄ぶ。甘ったるい可愛い声を出して誘惑する。子どもである分、多少強引な手が使える。
まずは一人目。勝負をかける。
「お兄さん、これ沢山買ってくれる?」
さりげなくその男の懐に入り込む。身体が小さい僕は、密着したところで男だとは思われない。
「……今夜、家に持って来てくれるかな。その時にお代は渡すから」
引っかかったな。
「えー? 今はお財布持ってないの?」
腰に抱きついたまま上目遣いで男の顔を見上げる。声代わりをしてない僕の声は女の子と変わらない高さだ。
「前払いは必要?」
「うん、お家も聞かなきゃならないから。私が持って行くからお兄さんのお家教えて?」
コレはアルバートがいなくても、財布が取れそうだ。トランプゲームのカードをすり替えることとあんまり変わらない。
一丁あがり。それだけ持って巻きつけていた腕を解く。
「これでしょ? 財布」
ジャックはお兄さんの腰にぶら下がっていた麻布を持っていた。剣や貴重品袋を下げるための腰巻から、それだけ器用に取り出したのだ。
「え? いつ……!」
「ためらうから。ボクはそんなに待ち惚けされるの嫌なんだ。毎度ありお兄さん。かご分のお花は置いていくよ。ボクが買いたいなら、その二倍は欲しいかな」
目の前から消えたように見えたのは魔法ではない。その時の僕は魔法なんて知らないのだから。だから、その捨て台詞を吐いて消えたのはなんのトリックもない。
「アルバート、ありがと」
「おうよ。回収は任せとけ」
僕の腰にあらかじめ紐を括り付けてあり、それを引っ張り上げる。僕の方も近くに屋根に登れるような木箱がある事を確認してあり、それを使って素早く登るのだ。
「もうちょっと早く巻き上げた方がいいかな。お前の体重が軽いとしても、俺の腕力に限界があるぞ」
男が瞬きしたその瞬間を見逃さず、それを実行する。
「その場合はアルバがいるところまで走って登るさ。大人は屋根に登られるとは思わないから、どうしても盲点になる。追ってはこないよ」
ジャックは腰の紐をほどく。結構お腹が締め付けられて苦しいのだが、これは仕方ない。
「それにしてもアドリブ対応が難しいなぁ。さっきの男は見るからに貴族階級だ。服もいいものを着ていたし、女中誑かして家でウハウハしてる類の奴らだな。ああいう奴らは自分の地位を保つ為にこういう場所にいるのを知られたくないはず。その為に僕を家に連れ込むだろうと思ってたからアルバートに待機してもらったけど……。次、誰をターゲットにする?」
「んー、あの男とかは?」
「どれどれ?」
服や行動、顔つきなどで性格を推理して騙せそうな人物をターゲットにする。事前に見ておけば危険人物を排除できる。
警戒心は常に持ち、冷静に品定めをする。
「さすが演技だけは抜群に上手いよな」
「そりゃどうも。仕事で鍛えられているし、女の人騙すよりも罪悪感が無くて気が楽だし、女役なんて容易いけど――」
思ったよりも簡単だった。簡単すぎるくらいだ。
「あの男かな。気が弱そう」
「了解」
ジャックは立ち上がりワンピースの裾を払った。
「紐、結ぶ?」
「いや、いいよ。普通に立って誘うから」
「健闘を祈る」
「ああ!」
大人はこれを悪だとか言うのだろう。僕たちにとってこれは遊びと変わらなかった。こういうと齟齬があるのかもしれないが、僕達はこれを悪びれもなくやっていた。
スリル――、やってはいけない事をする子どもの遊び。
捕まれば子どもでも処刑のあの時代で、死に物狂いでそれをするだけの事。ご飯が食べられず、明日死ぬなら構わない。
「じゃあいつもの通りに」
「おうよ!」
そもそもその時の僕達には「何が悪で、何が善か」その違いが分かっていなかった。それ程、幼かった。親がいなかったからだろうか。叱るものが誰一人いなかったから。
僕たちが生まれた時代とは、そんな時代だった。
「そろそろ日が暮れそう」
ジャックは下ろしたままの髪を指で梳く。
もう何百年も経った今となっては、僕達の何がいけなかったのかよく考えるのだ。環境か貧困のせいなのか。いつまでも考えてしまう。ただ一つ分かるのは――。
あの時の自分らは、悪い意味で『無邪気』だった。
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