Ep.07 無邪気ゆえの罪Ⅰ
精一杯演じきり、僕は膝まで隠れるワンピースに身を包んでいた。髪はアルバートの意向でまとめてリボンで結んである。選んだのはブラウスに合わせた茶色地のもの。
花柄、レース、リボン――を推しまくるアルバートの猛攻を抜け辛うじて辿り着いた、地味だが、女の子らしく上品なワンピースである。庶民の町娘が着ていそうなそれは、裾や袖に少々レースやフリルがついている物だったが、店のほとんどの衣服にあるので、そこには目を瞑ろう。
対してアルバートがいつも出すのはその手の逆のもの。分かりやすく言えば『フリフリレース』であった。それを嫌がらせのごとく面白そうにからかう為のネタにするアホをいつか仕留める――そう僕は心に決めた。
あいつは僕に何をさせるつもりなのか、本当に。
「お、可愛い。可愛い。本当にいけるんじゃね?」
「何がいけるんだ、アルバート。僕疲れた。服を買うだけで疲れた。これから街に立つんだろう。僕を餌にして何を釣るつもりなんだ」
「上物釣りたいなー、貴族様とかな。お前、愛人にでもなれば?」
「冗談だろ……」
「うんにゃ。確かに今のは、冗談だ」
お金はギリギリ足りた。僕の給料今月分がこれでパァだ。なんとしてでも釣らなければ明日のご飯はない。
「いま思ったけど服なんか買わないで、普通に肉を買えばよかったんじゃないのか?」
「いや、お前のワンピース姿が見られたことにお金を払うことは無駄ではない」
「……ん? それってどういう」
「俺がとても愉しい!」
「……ハハッ。そうだろうと思ったよ」
一瞬よからぬことが思い浮かんだが、頭から消去する。
お前、後で覚えとけよ。
「ピラピラだ。よくこんなスケスケの服で外歩けるな……」
「我慢しとけよ。あと、バレたら街に置き去りにするから」
「本当に後で覚えとけよ」
「睨んでもその服だからなぁ」
「……チッ」
「ほらぁ、お嬢さん。舌打ちしないで。可愛くないよ?」
僕は元々着ていた服のポケットから指ですくい上げ、それを首にかける。錆びたチェーンに繋がれたロケットペンダント。
丁度、胸が鼓動するあたりに飾りが来るようにする。
「それなに」
「あー、いや。こういうのをした方がそう見えるかなぁ、て」
「意外にノリノリじゃねぇか」
うるさいな、もうヤケなんだよ。
「せっかくなら数人ぐらい金落としてもらわないと、ね」
ここまで来たらとことんやってやる。恥だとかそういうのはもう頭の隅から吹っ飛んでいる。
「大丈夫、ボクはやれる……。アルバート、ボクの髪跳ねてるところない? あと服にゴミとかついてるかい? シワとかないかな」
「無いよ。ほら行ってこい!」
「じゃあ、サポートよろしく。いつもの通りサイン送ったら出てきて」
事前にアルバートと打ち合わせした内容はこうだった。
この場合のよくある手だと思うのだが、相手が男であることからこちらから危険な賭けに出る必要は無い。力技になれば子どもであるこちらが負ける。裏路地に引きずり込む事なくエンドだ。
いつものと逆をすればいい。
相手が女性なら僕が囮で相手の気を引き、裏路地にさりげなく誘い込む。僕に目線が行っている間にアルバートが女のハンドバッグごと持ち去って逃げる。その時のドサグサで僕も逃げるという手だった。
今回も僕が囮なのは変わらないが、この服を着てある分、警戒心はすぐ溶ける。不埒な奴らを僕は利用して、逆に向こうが僕を裏路地に連れ込もうとしたら成功だ。アルバートが出てきて『正当防衛』と言いながら叩いて街でスリをする要領で財布ごと奪い取れば、もしかしたら女のハンドバッグを盗むよりもっと稼げるかもしれない。
囮をやる分の演技力はある。アルバートもそれなりの武器の扱いは慣れているはずだ。
例え相手が大人の男でも、裏路地にさえ連れて行かれなければこの人混みで逃げられる。力では勝てなくともスられた事にすら気づかれなければ――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます