Ep.06 悪夢の買い物

「坊や、なんの服が欲しいの?」


「おねぇさん! 俺、妹の服買いに来たんだ〜。こいつの。とびきり似合う服を決めてよ!」


 アルバートが僕を指差して店員さんに聞く。手を掴んで引っ張ったおかげで僕はよろめき、店員さんの前に突き出された形となった。若い女の人だ。


 設定としては申し分ない。ありえなくもないが、ここで自分がやるべき役を劇の直前に提示された気分だ。


 僕はアルバートの妹。


「お嬢ちゃん。お顔を見せて」


 それが、今の僕の役だ。


「おねぇちゃん。ボク……あ、いや。のお洋服を決めてくれる?」


 アルバートが隣で吹き出した。お前あとで覚えておけよ。アルバートと繋いだままの手を僕は指が折れるほど強く握る。アルバートは「グッ」と呻いて手を離した。


「ボク、でもいいと思うぞ」


「さすがにバレるだろ」


 こそっと耳打ちする。


「妹ちゃん可愛いわねー、なんてお名前?」


 店員さんは腰を屈めて僕達と同じ目線になる。


「ヒャッ!?」


「ほら名前聞かれてる」


 そんなこと言われたって名前、名前……――。


 アルバートが隣でニヤニヤしているのを見て僕はなんだか苛立ってきた。それによくこんなに近くで見ているのによくバレない。さすがにこの距離はまずい。


 確かに髪は下ろしているから髪の長さで男だとは思わないだろう。ここに来るまでにアルバートは面白おかしく僕の顔に化粧して本当に『女の子』に見えるように仕立てた。どこから出したその化粧道具、と思いながらもされるがまま。


 気づいたら店にいたわけだ。


 でもこの顔の近さで男だと見破られれば一巻の終わりだ。


 自分が社会的に死ぬ。


「俺、アルバート! アルバって呼んで!」


「……ボ、ボク、あ、いや。私は……」


 慣れない。アルバートめ。なにニヤニヤしてやがる。無邪気に手まで上げてアルバートはおねえさんに自分の名前をアピールしている。


「……私は……」


「うんうん」


 もういいや。どうにでもなりやがれ。


「……ジャクリーン」


「んー、ということはジャッキーかな?」


「うん。それでいいよ」


 なんかドッと疲れた気がする。名前だけに、名前だけを言う為に。この先もこれ以上の疲労の連続であるだろうことを悲願せずにはいられなかった。


「ジャッキーちゃん、どんな服がいいかなぁ?」


「こんなのとか似合うんじゃない!?」


 店員さんが取り出したのは、今時の女の子がよく着ているワンピースだ。飾りも少ないものだから『男の子』である僕でも躊躇なく――とは言わないが、着ろと言われればいやだけど着られるぐらい。アルバートが取り出したのは、フリフリのリボンがついた花柄のワンピースだ。


 僕はアルバートの後ろに立って店員さんに見えない死角まで引きずり込む。


「アルバ、死にたいならそう始めから言えばいい。僕は男だ。お前の策略に嵌まって今はこんな格好しているが僕は男だ。分かっているよな? これはお前が蒔いた種なんだ。何が悲しくて僕はここにいるのか、よぉくその頭で考えて後悔すればいい。――今、死ね」


「ごめん、ごめん! だからやめて短剣を首に突き立てるのだけはやめて! 生きてる感覚しないの!」


 僕はアルバートの首から手を離す。


「分かったら服買うまで店員さんを僕から離しつつ早く店から出よう」


「えー、お前がおねえさんにしどろもどろになる様子がとても面白かったのにぃ」


「……分かったな?」


 ジャックが一睨みするとアルバートはやれやれとした顔。


「分かったよ、ジャッキー。俺はお前の服買ったらすぐ会計行くわ。試着室で服着てそのまま出ればいいだろ」


 さっき名乗った名前で呼んだことには目をつぶろう。


「まさかこの店からずっと?」


「だって街中で着替えるのか? お前の家に行くにしても、服着替えて出れば知り合いに会うだろ? それはお前としても避けたいだろ?」


「それはそうだけど」


「それじゃ決定ね」


 あいつ後で覚えとけよ。この店からずっとこの服なのかよ。


「それじゃ早く決めようぜ」


「……おう」


「そこは『はい、お兄様』だろ」


「……死んでも言うか」


 アルバート、後で本当に覚えとけ。


 とにかく服は探さなければならない。ここまで来て引き下がっては一生あいつに言われ続けるだろう。この時の自分の心理として「着るにしろ着ないにしろ、どっちでも後から何度でも揶揄されるのだ」と言うことは既に頭の中にはない。


 頭のいい僕はそんなことは初めから分かっている。


 もう意地だ。街中で良い服着て立って女の人を落として金貰っているようなことは何度かしている。その逆パターンを今からするだけだ。


 この隣で「揶揄する親友」と書いて「クズ」と呼ぶコイツも落とすくらいの勢いで自分の気を持たなくては、やっていられない。絶対に落としてやる。


 勝つ以外の選択肢は今の僕にはない。


「おねぇちゃん、こっちの服とか似合うかなぁ?」


「可愛いよ! ……こっちも似合いそうね」


 異性だろうが落としてやる。


「ジャッキー、コレは?」


「アルバ兄ちゃんの趣味悪いよ」


 後で覚えとけよ、アルバート。


「兄ちゃんはもう嫌だよね〜。おねぇちゃん兄ちゃんの方いていいよ。ボク、あ、私は自分で探すから」


「これ可愛いと思う。それに兄ちゃんじゃなくてね」


 ハハッ、後で覚えとけよ。アルバート。


 ただじゃおかねぇからな。

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