Ep.05 策略
「ジャック、ここのパン美味しいよな」
「ん」
「ジャムとかいる?」
「いる」
「スープは牛乳たっぷりだー。俺、久しぶりに牛乳を飲んだ気がする」
「高いからな」
「そうそう。ジャック、豚肉食べたいな。買ってく? この辺りだとあそこかな」
「肉……お金足りるかな」
「足りるって足りる! 足りなかったらちょっと路地でスろう」
僕達二人は、路地のそばにある階段に座って買ったパンを食べていた。この辺りは市場である。野菜や、肉や、至る所から美味しそうな匂いがする。
「スるって言っても、ここの通りは目があるから裏路地に入らないと。多すぎる荷物も邪魔になるぞ」
「そうかー、じゃあ一回足りなかったら家に帰ってからだな。それか他の方法かな」
アルバートはニヤリと笑う。
「他の……方法?」
「お前が女の服を着て立てば、何人か釣れる」
「イヤだ! その方法だけはやめろって言ってるだろ!」
僕は抗議するが、アルバートはなにやら本気の方だ。本気で僕に女の服を着させる気だ。
「お前の髪留め取るぞ」
「やめろって!」
「そういや、お前ってなんで髪伸ばしてるの? 髪留めしないと髪の毛が肩にかかるぐらいの長さって、男の髪の長さじゃないだろ」
確かに僕の髪は長い。肩にかかるぐらいの長さなのでいつもは髪留めで髪を結いている。
「いいだろ、そんなことぐらい!」
「やだー、気になる!」
「……本気でやめろ」
ジャックがアルバートの首元に、袖から取り出した短剣を向ける。アルバートは「そういう手もあったか」とため息を吐きながらこう言った。
「でも、なんで髪伸ばしてるの? お前ってその黒髪嫌いじゃん。なら切っちゃえば女に見られることもないじゃん?」
「……それはそうなんだけど」
確かに切れば女に見られることは少なくなるだろう。それは分かっている。
「この髪、嫌いだけど僕は切りたくないんだ」
言い訳は思いつかなかった。
「……なんだ、それ」
アルバートは呆れたような顔をする。
「それでも切りたくないの」
言い訳にならないのは分かっていたが、僕は「切りたくない」と繰り返した。
「言い訳にならないのは知ってる。だから、その髪留め返して。二度とそんなこと聞くな。髪を切るぐらいなら女の子の服でも着てやる。なんでもしてやる。でも、それだけは聞くな」
「――……分かったよ。ジャックちゃん」
アルバートは一瞬目を見開いたあと、彼には珍しくすぐ手を引いた。なにか驚いたような顔に見えたのは気のせいか。
「でも」
代わりにアルバートはこう言った。
「女の子の服は着てくれるの? お兄さんに失言したねぇ」
「へ?」
「女の子の服でもなんでも着てやる、なんでもしてやる……とか言ってたよ。ジャックちゃん」
「言ったけど……それ本気で受け取る?」
頬を汗が流れる。
「嫌だなぁ。男に二言は無い、でしょ。男の子でしょー? 「なんでも」なんて取引の時には言わないものだよ? 俺がもし低俗な輩だったらどうすんのさ。ましてや本当にお前が女だったとしたら……何されるのか知れたもんじゃないね」
アルバートはニヤッと笑う。
「は、嵌めやがったな!」
「やだなー。まだ男だっただけ感謝しなよー。ほら男の子でしょ?」
僕は抗議をするがアルバートはヘラヘラと笑っている。
「許さないぞ、絶対に許さない!」
畜生、嵌めやがった。気を許した僕が馬鹿だった。初めからこいつはそれが目的だったのだ。自白した、その時点で僕の負けである。
「ほら決まったら服選ぼうぜ。髪留めはひとまず俺が預かっとくわ。あと、そのまま十分「女の子」で通じるから服変えずに服買いに行こう。髪もっとゆったり肩に落として、うん普通に可愛いな。化粧は口紅だけする? あと女の子言葉使っとけ。店主が男だったら口説いて値引き交渉しろよ? 安くなる。それと、男だってバレたらそのまま置いてくからな」
「悪魔だ! 悪魔め! ひとでなし! 悪魔め……悪魔がここにいるんだけど!」
僕の抗議も虚しく、時間は過ぎていった。
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