Ep.37 鏡の悪魔Ⅱ
「さてと、帰るとするかなぁ! 仕事、仕事」
そういうとあいつは女の身体を持ち上げて、胸のあたりに手を当てた。暫くすると黒味がかった紫色の炎のようなものが出てきた。その煙のようなものは彼女の身体から、あいつの手の中に丸く球のようになった。塊は宙に浮く。
「あー、穢れているな……完全に黒にはなってないけどなりかけている」
ドサッと落とすとさらさらと砂のようにその身体は消えていってしまう。悪魔と契約して堕ちた者の末路。堕ちなければまだ救済処置はあったのに。そう思ってしまうのは自分がまだ人間の心を持っているからだろうか。
昔、早く棄てろと言われたそれを。この先嫌なものを何度でも見るから、苦しみ続けるのが嫌なら棄てろと言われたそれを。
今でも僕は棄てきれない。
彼の背中を見ていたらふいに振り返った。急だったもので少し焦る。何か用かと聞くとあいつはまた同じ質問をした。
「本当に後悔してないのか。殺した事」
「全然。……それに『依頼者』の要望だ」
よく言う。僕がここで殺さなくとも、君が殺させただろうに。僕の『身体』を使って、全ての罪を僕に擦りつけて。
――僕は君の命令で人を殺す。
殺るのはいつも僕の仕事。僕は契約者が道を踏み外したら裁く裁判官であり、地獄に向かう魂を消し去る処刑人。
血に濡れた僕の運命を呪うよ。
僕がここで殺してなければ、この女は次に何を僕に依頼しただろう。そんなことは考えたくない。その前に彼女を殺して欲しいと、新しい依頼主から依頼された。助かった。僕は誰かの依頼でしか殺せない。僕が殺せないから、あいつが僕の身体を使うのだ。
あいつは自分の手を汚すことはない。
「僕は依頼を遂行したのみだよ」
あいつはニヤリと笑う。
「それに僕の正体を知る者は君以外にいらないよ。誰かが僕の正体を知ったなら、僕が殺せば知った者は消える。お前は僕を使いたいんだろう? お前にとって、この女よりも利用価値があるのはこの僕じゃないか」
「ハハッ! ……それでこそ、俺の奴隷人形。可愛い、可愛い従属だ」
卑しい目で僕を見るな。
分かってる。きっと今の僕はただの穢れた悪魔だ。
「ちょっと待てよ」
ロドルはあいつに言った。
「なに?」
「ずっと考えてたんだ。お前わざと、僕に『契約者を堕落させている』んじゃないのか」
「……?」
あいつは首を傾げる。ロドルは少しそれを見て焦った。
「違うなら良い、でも!」
違うなら良い。ロドルは自分が思い浮かぶ『最悪の状態』を目の前の相手が企んでいるだなんて思いたくは無かったのだ。
だから否定して欲しかった。そんなわけないだろう、とたった一言でも良かった。そんなことがあってはならない。そんなことあってたまるものか。
それじゃ、まるで僕が利用されていいように使い捨てられる。そのために僕はこの運命を受け入れたわけじゃない。僕の価値はそんなに安くないはずだ。
「――当然だろう。お前は善人を殺せない。けれど悪魔っていうのは魂を喰いつないでいかなきゃならない。契約者を堕落させてその魂を喰う。俺が助けなきゃ、お前はとっくに灰となって消えてる。悪人を殺し、契約者の魂を貪る。それを助けてるのは、いったい誰だ?」
ロドルは目を見開いた。
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