Ep.36 紅瞳のシニガミⅠ
侍女が言い、入ってきたのは一人の青年だった。
黒い髪に癖っ毛で黒い瞳を持つ若い男。黒髪は昔から縁起が悪いと言われ、上流階級では見ない髪色だ。彼は彼女を見るとにっこりと微笑んだ。少し嘘っぽい、彼女はそう思った。
それは、きっと気のせいではない。
「ご機嫌麗しゅう女大公陛下」
深々とお辞儀をする彼。端整で綺麗な、育ちの良さそうな出で立ち。訓練されたここの使用人に負けず劣らずの礼儀作法である。私だったら即採用する。
だが、彼は普通のものではない。
「あら。ありがとう。見目麗しい貴方にそう言ってもらえるなんてなんと嬉しいことかしら。でもね。私はまだ女大公陛下ではなくってよ」
彼はくすっと笑いその後を続けた。
「そうですね、まだ。大公陛下である貴方の夫が死に、殿下はまだ王となるには若過ぎるとごね、会議で見事、女大公陛下となる権利を得た。まだ女大公陛下ではありません。そうです、まだ」
「あらあら。嫌味を言いにここまで来たのかしら。さすが貴方も暇ね」
「貴方が呼ばなければ僕は一切ここに来ようとは思いませんね。見た目だけが美しくても、心は下水に住んでいるドブネズミ。大公陛下はどうして亡くなったのですか? 貴方が一思いにやったのではないですか」
「黙りなさい」
怖い顔。
だが、彼――、ロドルは怖気づくことなく続ける。
「大公の薬を調合したのは僕ですが、それを頼んだのは貴方です。大公の薬を僕が直接飲ませるわけにはいかない。貴方が飲ませるしかありません。つまり、大公を殺したのは……」
ロドルは探偵のように大公妃を指さしたが、彼は探偵ではなかった。――彼は共犯。探偵はここには居ないのだから。
探偵の顔をした共犯者。
「貴方、それを公表したらどうなるのかを知ってるのかしら」
大公妃が投げた短剣がロドルの顔近くをすり抜け壁に突き刺さる。ロドルは壁に刺さった短剣を一瞥し「すみません、口が過ぎました」と言葉を訂正した。
「……ですが、僕を討とうとは賢い選択とは思えませんね。僕が死ねば契約は破綻。貴方が望むのなら僕はなんでもしますが、逆に僕を殺せば貴方には何も残りません」
「それは知っていることよ」
「僕は貴方の契約を元に動きます。貴方に教えた僕を殺す方法は、あくまで貴方の願い事を叶えた後に自分の思う通りでは無かった時のクーリングオフ。願いを払い戻すことは出来ないので、その時は迷わず僕を殺せ。死んで償うのが僕たちのルール。悪魔は契約者に手出しは出来ない。願いを叶えて即魂を取るような事はしない。それは契約違反であり、契約者との裏切り行為だ。中にはそれをするものもいるが、僕はしない。寿命を待って魂を貰う。それが僕の理」
プログラムされた人形のようだと、大公妃は思っていた。淀みなく発せられる言葉はあらかじめ用意されていた何処かの劇の台詞のそれだ。そしてそれは気のせいではない。
「さぁ、女大公陛下。貴方の目の前にいるのは悪魔です。貴方が生きている間は尽くしましょう。貴方が生きている間ならば。貴方が死んだら分かりませんが――、本来なら僕は貴方のような方の魂は喰らいたく無いのです。美味しそうじゃないですし、僕の口にゲテモノは合いません」
にっこりとロドルは笑った。その敬意もクソもない言葉を。
「ある人に紹介されて貴方と契約を結んだ。だけどこんなに綺麗な敬語で遠回しに罵ってくる男の子とは思わなかった」
大公妃がそういうもロドルは表情を変えない。
「ええ。僕も貴方の心がこんなに汚れているとは思いませんでした」
先ほどと変わらない笑顔でそう言い放つ。
大公妃はロドルが何を考えているのかがさっぱり分からなかった。そして、ロドルは分かろうとさえさせない。胎のうちで何を考えているのか、大公妃は知らない。
やっぱり悪魔だ。
自分はこちらを探るくせに自分は底を見せない。
嫌な種族だ。そのくせ探ろうと詮索すれば怒るのだ。
「……顔はいいのに」
ボソリと言ってもロドルには聞こえない。
その代わり、
「女王陛下。今度は何の呼び出しで?」とロドルが問う。
「あら、珍しいわね。自分から聞こうだなんて」
大公妃はうきうきとして身を乗り出す。ロドルとは何年もの付き合いになるが、ロドルが大公妃に「今回の依頼は何」と聞いてきたことは一度たりとも無かった。そう一度たりとも。
ロドルと大公妃はもう何年も顔を合わせていた。
仲は最悪だったが――。
ロドルはさぞ面倒と言うように大公妃を一瞥した。
そして一言。
「早く帰りたいんです」
「……やっぱり可愛くない」
今度は聞こえた。
ロドルは嫌そうな表情で女王を見ていた。
まぁ、そんなことはいい。ロドルの、悪魔としての弱みを掴めた今、大公妃は今までで一番楽しんでいたからだ。そしてその情報を流してくれたのは愛する、愛するあの子だった。
「いいわ。聞くところによると貴方、魔王の側近だそうじゃない」
ロドルの表情が変わる。
「……それがなんだと?」
冷静な口調ではあるが、明らかに目が動揺していたのを見て大公妃は薄ら笑う。珍しく可愛げがあるじゃない。
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