Ep.33 昔々、とある国の英雄サマは――
「ふぅ」
ロドルは赤い光の中から姿を現した。
地面には焼きついたように複雑な図形の魔法陣が残っている。彼はそれを足で消して歩き出した。焔のように燃えていたそれもやがて消えていく。焚火の様だ。
カボデリスの首都――リリス。
彼が向かう先にあるのはリリス一の教会、セント・フィーネ大聖堂。ロドルは一切迷うそぶりも見せず、表玄関を素通りして教会の裏に来た。周りは閑静な住宅街。その隣に墓地がある。銀の十字架がならぶ墓地。
ロドルはその先をちらりと見て、また俯いた。どうしてこんなことをしているのだろう、と。どうしてだろう。
自分は自分だけのものだ。昔からそう思っているし、今でもそう思っている。なのに、なぜ自分はここに居る?
なぜ、逆らえない。なぜ、逆らおうともしないのだ。多分答えは自分の中に無い。そして、きっと自分は逆らえる機会は何度かあったのに、逆らうのをいつしかやめたのだと思い知る。諦めたのだ。怖かったから。逆らっても、自分の居場所を失くすだけだ。自分を失くすのが嫌だった。
いつしか、自分は相手の言うことを聞く都合のいい操り人形で、それに自分は甘えていただけだった。命令さえ聞けば、きっと自分の居場所は主人の命令を聞く従者として立ち位置が決まっていたからだ。いつしか、自分は主人の命令を聞いて仕えることで自分の場所を作ることが出来ることに甘えていたのだ。
だって、千年の長い間自分が何なのか分からなくなってきた。
それが堪らなく怖かったのだ。
亡霊の自分の居場所はあっという間に壊れ去る。それが怖かった。永遠の孤独に耐えられるほど自分は強くない。
命令はこうだった。――ここに来い。たったそれだけ。
◆◇◆◇◆
「昔々のお話さ……」
彼は鼻歌を歌いながら呟く。
目下には忙しなく歩く人、足の遅いお年寄り、家族連れ、馬車、男、女、子ども、人、人、人――。
「知らないものはいやしない――、どうせ眠れないのなら――、君にこんな話をしよう。昔々のお話さ」
彼は屋根の上に腰掛け、空を見上げた。
満月だ。綺麗な、綺麗な……。
「お話日和だ」
彼はニヤリと口元を綻ばせた。見上げた顔には昔を懐かしむようなそんな表情に見えた。思い返すは遠い遠い昔の事。
そう言えば――お前が俺を殺したのもこんな夜だった。
そういう術式を仕込んだのだから。お前が剣で貫けば、そうすることで成功する。お前は俺だけを殺すつもりだっただろう。だけど俺はお前の親友に憑く悪魔だった。本体はお前の親友だって分からなかったのか? そんなわけないよな。お前は頭が良かったから、きっと分かっていたはずだ。それが分からなかったわけではあるまい。ただ、俺の挑発に乗ったそういう単純なところはあったみたいだな。
この身体を手に入れ、同時に剣に呪いをかける。
――その剣はお前にしか使えない。
ならそれを利用すればいい。どこに行こうが、どこで死のうが、どんなに別人に転生しようが……追いかければいい。
遠くに行かれるのが面倒なら、逃げられる前に目印をつけて分かりやすくすればいい。
ふふっ。まさかぁ、逃げられるとでも? 剣を隠せば追いかけないだろうと思ったのか?
お前も馬鹿になったな。
何も俺は剣が使えれば良いんじゃない。お前から奪うから愉しいんだ。人形のように綺麗な顔が歪むその顔が見たい。悔しそうに地団駄を踏むその滑稽な様が見たいんだ。お前が隠したのなら、脅してでも奪えば良いじゃないか。それがお前の内にあるのなら、恐喝して脅迫して弱みを握れば、お前は嫌が応にも俺に従うしかなくなる。
お前にとって「弱み」と言えば一つしかないだろ?
お前は頭が良いから、俺がそれを持っていることを察しが付いている。それがどういうことかも知っている。だから、どんなに理不尽な俺の命令にも従うんだろう。
あぁ、愉しい。
「優しい、優しい英雄は――」
その優しさゆえに地に堕ちた。
悪魔に取り憑かれた親友から、『俺』を祓おうとして逆に利用された。俺にとっても便利だった。身体を持たない俺には、どうしても『乗っ取れる身体』が必要だった。例えどんなことをしてもいい。
だって俺は――。
誰が文句をいう? お前にかけた呪いは強力だ。分かっているだろう? お前の親友だって、あんなにのめり込まなければ俺に目をつけられずにいたんだぞ?
お前が全ての発端だ。
お前は確かに英雄だが、同時に何個もの街を焼いた破壊者だ。罪は償わなければならない。お前だけが幸せになど絶対させない。英雄なんて持て囃される? 俺は許さない。
絶対に。
「昔々のお話さ」
月を仰ぐ。
「とある月夜の晩のこと」
俺が一番嫌いなフレーズ。
「英雄様は――真っ白な羽を持つ美しい天使に出会った」
このフレーズが一番大嫌いだ。
一番、一番一番一番……大ッ嫌いだ。
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