Ep.30 貴方の左眼には何が視える
「お兄さま?」
リヴィアは重いドアを開けて、窓側の扉の近くの机に向かう青年に声をかけた。青年はくるりと振り返り、表情を明るくした。くるりと一本だけ伸びた癖っ毛が少し遅れて揺れた。
「リヴィアか。どうしたんだい?」
パタンと分厚い本が閉じられる。青年は今まで勉学をしていたようで、机の上には羽ペンとインクが乗っている。
「お兄さま、ちょっと」
「あぁ、閉めていいよ。どうせ、俺の部屋に無断で入る者はいない。君以外は」
後ろでドアが閉じる音がして、リヴィアは彼の部屋の奥のベッドの上に進み、腰掛けた。ここがいつもの定位置だった。
「リヴィア、今日は何の用?」
彼は散らかった机を少し片付ける。黒い髪の彼はさっき会ったあの悪魔にどこか――似ている。
紅い彼の左眼がキラリと光っていた。
「お兄さま……さっき、悪魔がこの屋敷に来なかったかしら」
彼の手がピクッと止まった。一瞬見せた動揺を隠すように、また片付ける手に戻しながら彼は答える。
「そうだったかい。俺の結界が弱かったのかもしれないな」
「お兄さまには、分かったの?」
「なにがだい?」
「彼は……私に――と名乗ったのよ?」
「そう」
そう言って彼は黙ってしまった。彼はしばらく考え込んでいるような顔をした。ドアの向こうから誰かが呼ぶ声がした。リヴィアはそっとベッドの下に潜り込み、身を潜めた。
声の主はこの部屋の前に立ち、二回ノックをした。
「ジャック様。もうすぐヴァイオリンの稽古ですよ。下で先生がお待ちしております。早く降りてくださいまし」
声の主はきっと召使いだろう。
「はい。分かりました。すぐ参ります」
ジャックはすぐに答えた。召使いは中に潜むリヴィアには気づいていない。そのまま立ち去った。
「さてと。俺の部屋には無断で入ってはいけないって知っているよね? ――そこのお嬢さん」
ドアを閉めてジャックは言った。意地悪そうに、紅い左眼が光る。あの悪魔も左眼が――。
「やだぁ、兄さん。私は許可をとって入っていますわよ?」
どうだか、と言うように彼は呆れ顔だ。
「お兄さま。貴方の左眼に、私の姿は写っていますか?」
「なんでだい?」
「前に言っていたじゃありませんか」
リヴィアは息を吐きながらそっと告げる。
「左眼が紅くなるのは強い魔法を使っている時だけ。結界を維持するのに確かに魔力は使うけど、それ以外は無い」
さっきも言っていた。結界が弱かったから、と。結界は破られている。ならいまは何に魔法を使っているのか。
「リヴィア」
「なに?」
彼は暫く考えてからおもむろに口を開いた。
「……いや。今日はやたらと変な気配がすると思ってね」
彼の目は冷たかった。
「お兄さ――」
「じゃあ、リヴィアまた後にしてくれ。俺はヴァイオリンの練習をしてくる」
ジャックはそう切り上げて、部屋を出て行こうとする。リヴィアが止めようとすると、ジャックは暫く立ち止まった。
「あぁ、そうそう。今日から俺の部屋に入る時はノックを必ずすること。許可なく入ることは許さないよ」
そう言って部屋から出てしまった。
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