Ep.28 冷徹な視線の先には何が視えるⅠ

 ――リヴィアはあくまの話を黙って聞いていた。




「僕が悪魔だと気づいて、さぁ、君はどうする? 君が召使いを呼べば僕はたちまち捕まってしまう。ここはノービリスの一等地。王都だ。ましてやこの家は――」


 ロドルは立て続けにそう言った。


 ……そうだ。落ち着け。よく考えれば向こうではなくこっちに利点がある。手首を捕まえられている今でも、私が声を出しさえすれば今の状況と逆にすぐさま拘束できる。


 ロドルが語る通り召使いを呼べばいい。リヴィアの様子をじっと見ながらロドルはニヤリと笑った。


「エクソシストの総本部。国造りの英雄が生まれた家であり、現ノービリスの支配者。


 公爵家。――なのだから」


 カポデリスで見たこの男は、こんな喋り方をする男だったのか? 街で歩いていて私が倒れたときに心配してくれた、丁寧に教会を案内してくれた、あの綺麗なお辞儀は――あの時の優しそうな顔はなんだったんだ。


「貴方は何者なの」


「僕はただの通りすがりの執事だよ」


「嘘つき。そんな訳ないじゃない」


「嘘つきは君の方さ」


 ロドルはじっとりとリヴィアを見た。そんな顔をする彼の今の顔は、あの時の優しい顔の人物と同一人物なわけがない。


「初めから君は僕を知っていて探す目的でカポデリスに来た。異論はあるかい」


 冷たい眼。血の通ってない人形のような瞳だった。


「……そうよ。私は貴方を知ってた。私の家はエクソシストの総本部で悪魔関係の本が沢山あって図書館があるの。そこで初めて貴方の名前を見た」


 ロドルは黙って聞いている。


 カポデリスで会った時もそうだったが、端整で綺麗な顔の青年である。その顔が無表情だと威圧というか一種の畏怖を感じる。


 なんて圧力のある眼をしているのだろう。


「だから、あの時僕が皇女を追うのを止めたんだな」


 涼しい顔をして、目は燃えるように射抜く。


「だって貴方がどこかに行くんじゃないかと思って……」


「僕にをかけておきながらよく言うね」


「! 気づいていたの」


 あの時、教会で会った彼の手を握ったのは――。


「教会では悪魔は十分に魔力を使えない。聖域、その中では僕の魔法は使いづらくなる。だから、すぐには気づかなかったよ。だけど、教会の外であの襲撃を受けた時、僕は上手く魔法を使えなかった。普通ならたいしたことない相手に手間取った。フィオに助けてもらえなかったら、僕の方が縛られていただろうね。結果、切り札を使う他なかったよ」


 切り札、彼はそう言った。切り札が彼にとってどの程度の物かは分からなかったがこれだけは分かる。


 悪魔はカポデリスでは魔力を回復できない。切り札を使ってしまった今の彼は、丸腰状態ではないのか。


「切り札? 貴方はもう出し切ったっていうの?」


「ああ、魔力も尽きそうさ」


「なぜそんなことを?」


「その質問の真意が分からないな」


 彼は首を傾げたが、私は彼がカマトトぶっているのかと思っていた。本当は知っているのではなかろうか、と。


「切り札を使いきった、それを私に話して貴方に利点はあるの? それはまるで――」


「僕が負けを認めるようなものだと?」


 まただ、私の心理を読んでいるにもかかわらず、私に仕掛けてくる。掌で転がして弄ばれている。思うがまま言葉を誘うように操られている。


 そんな嫌な気分だ。


「アハッ……。面白い顔」


「私は一ミリも面白くない」


「そうだろうね。僕に手首を拘束されたままだし、僕の言葉遊びに律儀に付き合ってくれているね」


「だったら、なんで!」


 なら、質問に早く答えてほしい。


 誘導尋問はもうこりごり。


「僕が君に負けるわけがないだろう?」


「は?」


「僕が負けるわけがないからさ。君が例え僕より魔力があったって、僕に勝てるわけがない。それに――」


 彼は私の手首を掴む反対の手で懐を探り、一枚の紙を取り出した。それはおそらく彼が描いたとされる魔法陣。彼はそれを手から離した。それと同時に袖口から取り出した短剣。


 慣れた手つきで素早く静かに私の首元に押し付けられる。


 彼の視線と同じ――冷たい感触。


 魔法陣がヒラヒラと地面に落ちる。人の目は動く物に視線が集中するという。魔法陣を出すと見せかけて、袖口に隠し持っていた短剣を取り出した。目線誘導の為のイカサマ。


「どんなことがあってもポーカーフェイスでいること。勝つための切り札は何枚でも何枚でも隠し持っておくことさ」


 彼の顔は笑顔だった。


 それが今は不気味で何を考えているのか分からない。


「それより、さっきの話に戻ろう。君のいう図書館とは、もしかして――フェレッティのやつか?」


 私は声が出せずに頷くことしか出来なかった。首に短剣が当てられている状態で何が言えよう? 何が出来よう? 彼はそっと頷いてまた短剣を袖口に戻した。


「なるほど――フェレッティの図書館までは見なかったな。あそこは広いから」


 悪魔がなんの事を言っているのか。

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