本編

Ep.27 悪魔を祓う悪魔Ⅰ

 ロドルは音を立てずに部屋に降り立ち、窓を閉めた。カーテンも閉める。これで外から自分の姿は見えない。


 まぁ、三階の窓から人が入れるとは思わないだろうし、侵入など全くもって想定などしていないこの窓はすぐに開けられた。


 だからここに居るのだ。針金を使うまでもなかった。


「豪勢だね、この屋敷は」


 笑顔でそう言うとリヴィアの顔が強張った。


 ――そんなに怖がらなくてもいいのに。


 でも、僕がアスルさんの笑顔が怖いように、僕の笑顔も彼女を怖がらせる要因になりうるんだろう。


 探偵役をするにはその方がちょうどいいのだが――。


 ポケットに入ったを握る。


「あの木箱。君は中身を知っていたね?」


 リヴィアがビクッと肩を震わせた。


 すかさず二つ目。仕留める気で楔を打つ。


「あの鍵の鍵穴が、教会にあること知っていたんでしょう」


 これは僕にも予想できた。木箱が誰のものかが分かればおおよそ見当はつく。リヴィアが貴族だということ、そしてこの家の令嬢だということを考えれば――察しはつく。


 あの紋章の謎を知っていれば。


「木箱には封印魔法。僕が解いてしまったようだけど……あれは偶然が引き起こす暴走魔法じゃない。アレはそれだけさ」


 リヴィア、君には僕が言おうとしていることが分かるかな。


「あの木箱は贈り主が誰かに贈り、彼女は『その人が開けるまで大事にするように』と言って息子や娘に代々と受け継いでいくものだったんじゃないか?」


 その人物は結局現れなかったようだけど。


 だってそれはもういない者に当てたものだったから。現れるわけがない。それでもよかったのかもしれない。封じ込めて永遠に綺麗なまま取っておけたのだから。


 ――彼女と同じく鳥かごの中に。


「君は僕がその開けられるものだと確信して、あの教会に行き、あの木箱を開けられる人物を探した。魔力が分かる君ならすぐに見つけ出せただろう。そして、どこかで僕が木箱を開けるのを見て、そっと教会から出て行った」


 草むらで見た影はリヴィアだろう。


「でも、そんなこと、誰だとは証明出来ない。私だという証拠はない!」


 こう問いただしたならばおそらくそう答えるだろうと思っていたが、そのまま答えるのはフェアじゃない。


 ロドルは怯えた顔のリヴィアの前に立つ。


「証拠は無い。全て僕の推測さ」


 こんなに畳み掛けて証拠が無いなんて笑わせてくれる。


 なんて可笑しい。リヴィアは目を点にさせ、それがとても可笑しかった。僕は悪魔。真っ黒で、卑しい。


 お嬢様、もし君がこの手紙を書いた時、もし僕に見せるつもりで書いたのなら! 遅かったよ、もっと前にあの手紙を見つけていたかった。あのフレーズ、文字の癖、全て僕は覚えている。


 もっと前に見つけたかった。


 ゼーレの復讐を止めようと僕は躍起になっていたけど、本当は僕の方が復讐の炎で燃えていたこと。


 僕は分かっていた。


「僕が開けたことを見て、君は僕に襲撃を仕掛けた。


 ――そうだよね?」


 リヴィアへの最終確認がそれだ。


「僕が魔法陣を使えるかどうか」


 この手紙の主ならば。


 ロドルはリヴィアが後ろ手で何かに触れたのを流し見て、リヴィアの手を掴んで持ち上げる。リヴィアの手からはハラリと一枚の羊皮紙が落ちた。リヴィアはこの状況に何を考えなんと見るか。


 ロドルはリヴィアの手を拘束したまま、それを拾い上げる。


 羊皮紙の中央に円、複雑な図形が並ぶ。真っ赤なインクで描かれた魔法陣。僕が使っている物と大差ない。


「こういうのは敵に分からないようにするものだよ。誰にも気配を悟られずに。このようにね」


 ロドルは懐から一枚の紙を取り出した。それをリヴィアに見えるように、いや、見せびらかすようにひらりと瞬かせる。


使使えばたちまち塵と化す」


 魔法陣と言うのは英雄が伝承した祓魔魔術のこと。エクソシストが悪魔を祓う時の攻撃魔法のことを指す。


 悪魔が使うことはできない。

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