Ep.14 Thé de sorcièreⅠ

「ここ。僕が行きたかった店」


 ロドルに教えられ、デファンスはその店の看板を見た。蔦が絡まった赤い屋根の可愛らしいお店。煉瓦の煙突からは白い煙が上がっている。


 看板には一言。


『テ・ドゥ・ソルシエール』


 綺麗な筆記体で書いてある。


という意味さ。名前の通り魔女がオーナーなんだが……ちょっと変わった人でね。ほらここカポデリスの中心街だろ、一応」


 ロドルが言おうとしていることは分かる。


 お母様やお父様がカポデリスで会ったことは知っているので、昔は魔族もこの街にいたのだろうとは思う。


 さっきの話も含めて。


「堂々とこんな名前で出しているし、オーナーが魔女だということはバレてる。が、しかし。しかしだが」


 ロドルは最後に力を込めた。その様子は何か忌々しい物を振り払うかのようである。


「この人は商売がうまい……僕はこの人が苦手だ。だが、お茶は上手い。絶品だ。誓ってもいい、絶品なんだ。お茶が美味しすぎて、このお茶しか体が受け付けない、という者もいるくらいだ。僕も例外ではなくってね、ある一定期間に一回は来ているんだ」


 何か依存性物質でも入っているのではないだろうか。そんなに美味し過ぎるお茶なんて怪しすぎる。それか魔女を語るからには黒魔術がかかっているのか。


 ロドルはドアに手をかけようとして一瞬迷い、思い出したようにこう切り出した。


「あー……、デファンス、ここで聞いたことはどうか深く考えないでほしい」


「ん? 深くって?」


「いや。いいんだ。今のは聞かなかったことにしてくれ」


 どういうことだろう。


 そう思っている間にロドルはドアノブに手をかけた。


 カランコロンと乾いた可愛い音がする。


「いらっしゃいませ……――。あれ? お久しぶりですね。――


 デファンスはドアを開けたロドルの後ろでそんな声を聞いた。ロドルはというと、なんでもない顔で頷く。


「あぁ、ナンシーか。アンジュいる?」


「アンジェリカ様なら奥ですよ。そういえば、今朝お坊ちゃんが来ると言って慌ただしく準備していました」


 敬語の女性はロドルに丁寧にお辞儀をして、奥の席へと案内した。ナンシーの言葉にロドルは「なんであの人はいつ僕が来るのか分かるんだよ」とブツブツ言っている。


 客はいない。がらんどうだった。お昼にもかかわらず。


 カウンター席と、三個のテーブル席。カウンターの前にはワインやビールやお茶などが並んだ棚。


 一見するとバー。だが、かかっている曲は喫茶店のそれだ。カフェとバー、二つ一緒にしたカフェバーといったところか。


「どうぞ、お嬢様も」


 ありがとうございます、私は礼を言って座った。


 その丁寧な仕草はまるで屋敷の使用人のようだった。そしてそれはあながち間違ってはいないようだった。


「……ナンシー」


「なんですかお坊ちゃん」


 ロドルの眉毛が微妙に上がった。


「……僕をお坊ちゃんと呼ぶなって」


「だってお坊ちゃんはお坊ちゃんですもの。何十何百何千年経っても変わりませんわ」


 ロドルに少しイラつきが見えた。


「……ったく」


 ロドルが折れた。珍しいこともあるものだ。


 この二人、何か関係があるようだ。


「ロドル。この人は?」


「……昔の知り合い」


 ロドルは吐き捨てるかのような言い方をする。


使でしたのよ、お嬢さん。ですからお坊ちゃんとお呼びしております」


の知り合いでいい」


 ナンシーが丁寧に答えた後、ロドルはペシャリと言い放つ。イマイチ仲が悪いのか良いのか決めかねる。使用人とはどういうことだろう、だがいちいち聞くのもなんだし、聞き逃すことにした。


 ロドルの「絶対に聞くな」という重圧にも似た殺気を、感じ取ったからかもしれない。それほど彼の眼は怖かった。


 ナンシーはそう言っている間にお茶を出してロドルとデファンスの前に置いた。ロドルはさっきまでの態度が嘘のようにすぐさまカップを持って飲んでいる。


 案外仲は良いのかもしれない。

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