Ep.13 英雄王
デファンス達はフィオから別れ、同じく歩き始めたロドルは、何かを考えているようだった。
聞いてもロドルは答えてくれない。
裏路地を慣れた足取りで早々と歩くロドル。彼についてしばらく歩くと大通りに入り、水路を渡す橋を越えると広場に出た。王宮の前にある広場にはたくさんの人が集まっている。流れる音楽や空高く吹き上げる噴水。
人々が憩い、活気がある。
そこに建つ一体の石像を見てデファンスは足を止めた。
それは勇ましく馬に乗り剣を携える若い二十歳前後の一人の男の像だった。彼は口を大きく開け何かを威嚇するように、しかし瞳は真っ直ぐどこか優しい。
台座には古くからあるのだろうか、何やら文字が書いてあるのだが読めない。
「『英雄ジョーカーの像』――そう呼ばれる石像さ」
ロドルが独り言のように呟いた。
いつの間に後ろにいたのだろう。
「ほら、台座の文字をご覧」
ロドルが指差す先に、小さく掘られた文字があった。隣の製造年月は潰れてしまって読めないが、それだけは読めた。
ブロック体でJOCKER。――ジョーカー、と。
ただ気になるのはその文字が微妙に離れたりくっついたり、かと思えば少し隙間が空いたりくっつき過ぎたりしていることだ。KとEの間は特に離れていて、一文字が不自然に飛んでいる。
その疑問を読んだかのように、ロドルはどこか寂しげな目で答えた。
「昔は彼の名前が書いてあったんだと思う。だが、吹きさらしのこの場所で削れたり、誰かがいたずらしたりして他の文字は読めなくなってしまった。かろうじて読める、その文字が――今の彼の名だ」
「貴方は知っているの?」
「いや、僕も知らない。僕が初めて知った時にはもう読めなくなっていたから」
ロドルも知らないということはもっと昔の人なのだろう。
「英雄……とは?」
「このカポデリスが出来た時に、周りの国々を従えた武人さ。だから石像を建てた。彼は貴族として軍人として活躍して死んだという」
ロドルは少し目を伏せた。
「この国の者は彼が好きだった。だから像を建てたんだろうが、彼の名前は好きではなかったみたいだな」
どうしてそう思うの、と聞くのをやめた。もしかしたらロドルはこの像の名前を知っていたのかもしれない。さっきの言葉は嘘だったのかもしれない。
――ロドルもこの石像の彼の名前が嫌いだ。
そんな風に思った。なぜだか分からないけど、知りたくなくてもそう感じてしまう。彼は隠していることがきっとたくさんある。決して教えてくれないことも知っている。
それほどまでロドルと一緒にいたのだと思う。今なら言える。あの時はそうとは思わなかったが、教会で会った女の子に対するロドルの態度に私は嫉妬していた。
王宮の前を通り過ぎた時、ロドルは思い出したようにこう切り出した。
「デファンスは千年前の神話を知っているね? 『魔王と祓魔師が対戦した時、空は闇に包まれ、地は揺れた』とまぁ、激しい戦いだったんだけど、一旦は平穏が訪れたんだ。理由は伝わっていない。どの聖本にも載っていない神話なのさ」
ロドルはペラペラと饒舌に語る。
デファンスは彼の話を聞き、ゆっくりと頷く。
「それは知ってるわ。貴方が消えた後、ある本をお母様が見つけたらしいの。それに写真が載っていたらしいんだけど、貴方は知ってる? お母様達、絶対に見せてくれないから、私は知らないのだけれど」
「あぁ、そうなのかい?」
ロドルは胸の前で腕を組み、しばらく考えていた。
「――……それは」
ロドルの目が一瞬鋭く見えた気がして、デファンスは身震いした。微かに口元が動いた後に聞こえた。
「――へぇ、そんなこともあるもんだね。僕が全て燃やしたと思っていたが……――」
ボソリと微かにそんな声がした。
なんだか居心地が悪い。
開けてはいけないパンドラの箱を開けた時のように、触れてはいけないものに触れたような。
そんな張り詰めた空気。
「えっと? ロドル、その伝説の戦士さんがどうしたの? なにか繋がりでも? ……そもそもそんな凄い人たちが今の時代まで生きているわけがないじゃない」
「――いや」
ロドルはその鋭い視線のままだった。
「案外。側にいるかもしれないよ」
こういう時の彼は、自分が知らない他人のようで怖い。
その真顔にたじろぐデファンスに、ロドルはふっと表情を緩ませた。
「ははっ。冗談だよ。デファンス。その千年前の神話がまだ五百年後にも残ってしまったんだ。それが五百年前の聖戦。千年前は一部の戦争だった。だが、五百年前の聖戦は違う」
「どう違うの?」
「一種の魔族狩りだ。人間が一方的に狩る。疑惑が少しでもあれば異端審問。そうして魔族は追いやられた」
「お母様達がリアヴァレトに戻るきっかけになったのよね?」
「そう。あの時代はとにかく酷かった。僕達が住んでいた街は中心街よりかなり離れていたから、戦火は無かった。だが、中心街はかなり荒れていた。王族、貴族は聖戦が始まってすぐに逃げ、市民は取り残された。こうして出来たのがこの街なのさ」
ロドルはゆっくりと息を吐いた。なんだか、遠くの時代と時代の狭間を見るようなそんな遠い目で。
「この街は……僕の」
不意に顔を手で覆うロドル。
苦悶とした表情で何を考えているんだろう。
「僕はずっと前から……探しているものがある。きっとこの街にあるはず」
彼はまた独り言。
「王族、貴族が逃げた時。筆頭だったのが『フェレッティ家』言わずもがな、名家で、この国が出来た時の英雄の家。彼らが新天地でエクソシストの本部を作った」
――ほら、さっきの石像の彼の子孫さ。
「そして現ノービリスの支配者だ」
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