僕がこの世で一番嫌いな日にⅣ‐③

「ロドル様は強いですねぇ……好きなんですか?」


「昔は良くやってたよ。一番稼げたし」


 最後の台詞は聞こえないように。


 いつからやっているのかは忘れた。物心ついた時にはやっていたし、気付けば上手くなった。戦略は頭に入っているもんだから勝つのは当たり前だ。


「はい、ゲームスタート」


 かけてもらうのは昨日市場で買ってきた飴玉。多かったものが勝ち。ディーラーは僕。お酒を飲んでるやつがいて、そいつらは地面に寝ているから放っておく。


 しばらくゲームをしていると、一人が聞いてきた。


「ロドル様はなんの願いを叶えて欲しくてゲームに参加したんですか?」


 カードをシャッフルする手を止めて彼の顔を見た。


「……有給。明日はどうしてもお休みを頂きたくて」


「どうしてですか?」


 そういえば彼は最近入ってきたばかりの新人だった。知らないのも無理はない。答える前に他の使用人が口を挟んだ。


「馬鹿だなぁ、知らないのかぁー? ま! 無理もないけど!」


 絡んできた男は酒に酔って地面に寝ていたベテランの使用人。僕もよく知った人だ。酔うと誰構わず酒を飲ませるのが悪い癖。そんなやつは魔族に多いらしく、僕は酔っ払っている彼らには普段から近づかないようにしている。


「明日はロドルの兄ちゃんがいつも出掛けてる日だろうが」


 ロドルはカードを人数分配り終える。


「そういやどこ行ってるんだぁ?」


「カポデリスですよ。ちょっと御墓参りに行ってるんです」


「誰か死んだのかぁー?」


「えぇ。そうです……」


 目線を上げるとその男はもう寝ていた。毛布を持って来させて床に寝かせ、ゲームを再開する。


 ずっとトランプをやっていたせいで、みんな眠そうだ。デファンスを見るともうテーブルに伏せ寝ている。メーアも椅子に座りながらこっくりこっくり。


「まだ起きてる?」


「大丈夫ですぅ……ロドル……さま」


 カードを持っている手がテーブルに落ちて動かなくなった。


 プレイヤーもおねむの時間。


 起きているのはディーラーぐらい。皆夢の中。


「僕しか居ないのか……」


 カードをまとめ、箱に入れ、カップは洗い、サンドイッチが入っていたお皿も同じく下げようとした。お皿には一つ残っていた。それを持ってある部屋に向かった。


 大扉の向こうに彼は居た。


「ゼーレ様。いらっしゃいますか」


 ノックの後、声がして部屋に入った。


「サンドイッチを作ったのですが、ゼーレ様もいかがですか?」


 本来なら作って時間が経ったものを出すのは無礼だが、ゼーレはそんな事を細かく言うことはしなかった。ただ「冷めてる」とだけ言って口に運んでいた。


「僕はもう食べましたし、皆寝てしまったので」


「残飯処理か」


「そんな。思ってもいませんし、食べてくれるならその方がいいでしょう?」


 残飯処理か、ともう一回ゼーレが呟いた。


「明日はお暇を貰います」


 こう切り出すとゼーレはじっとりとこちらを見た。


 そして、一つため息。


「またこの時期か。お前はずっと働いてくれてるから良いって言ってるのに。俺は許可すればカポデリスでもどこでも行けと言っているだろう?」


「そうですね。帰った後に小言は言いますけど、毎回許可はしてくれます」


 そう言うとゼーレは目を見開き、視線を宙に浮かせた。


 図星である。


「そんな事を言ったらお昼のお前の素行を叱ってもいいのか」


「あっ! いえ……すみません!」


 ゼーレはこちらをまじまじと見て、ため息を吐く。


「トップになったら何でも願いを叶えるって無茶もしたもんだ」


「知っていたのですか?」


「そりゃな。使用人がバタバタと……ディーラーのお前にブラックジャックで勝てたら有給と言ってた者もいたぞ?」


 そんなことも? ついつい噴き出して笑ってしまった。「すみません、うるさかったですよね」お昼の事も踏まえて謝ったつもりだった。ゼーレは「あいつらのことだ」と呆れ顔をする。


「勝てたらそりゃ有休貰えてもいいかもしれませんけど」


「お前に勝てたらな。それなら許してやる」


 勝てるものがいたのならの話。僕に勝てるものがいたら、そんなものはまず魔王城で使用人などしてはいないだろう。博打で大金を稼げるような奴らだ。使用人よりもそっちで生計を立てたほうがいい。


「ゼーレ様も有休ぐらい許したらどうですか?」


「考えてやってもいいが……サボってるやつの方が多いから仕方ない」


 ゼーレはやれやれといった様子。魔族というのは怠惰な奴が多い。大酒飲みだったり、サボり癖があったり。中にはきちんとする者もいるから必ずとまではいかないが。


「とにかく、明日は仕事を休んでこい。カポデリスに行くんだろう、墓参りと言うことは自分の近い人か」


 自分に近い……合っているような合っていないような。


 曖昧に笑ってお辞儀した。


「ありがとうございます。では」


 最後の質問には答えられなかった。


 それを答えたらバレてしまう。


 僕がこの世にいない人物であること。


 誰のお墓かなんて。


「言えるわけないじゃないか」


 扉の外でボソリと呟いた。

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