過去番外編
Oh ,you're always a laughing in the dream.Ⅰ
『お嬢様!』
そう呼んだ少年の声。
少女はゆったりとしたドレスを風に吹かせながら振り返った。
淡い青い空の色。
だが、いつものようにカーテンは閉まっている。
ドレスが風に吹かれているように見えていたのは、どうやら彼がドアを開けたその微かな風が、彼女の髪を揺らしていたのを勘違いしただけのようだ。
『お茶の時間かしら』
『はい、そうでございます』
彼はここに仕える執事。
ここに住み込んでもう二年になる。
『今日は上等なダージリンが入ったと奥様から頂きました。ただいまお持ちします』
彼はそさくさと準備に取り掛かった。
彼女は自分の執事を見て、窓にかかったカーテンを見た。その様子は何か思いつめたように見えて彼は心配そうな顔をする。
『お嬢様、外はダメですよ。僕も貴方を外に出したいのはやまやまなんですが……、旦那様からきつく言われております故』
『分かってるわ。少し昨日の貴方の話を聞いて羨ましかっただけ』
彼女が言うのは執事の昨日の話だろう。
執事である彼は昨日、旦那様に頼まれてお使いに出かけていた。それを話したのはさっきのことだった。
だが、執事は目を厳しくする。
『……いえ、お嬢様。例え貴方が病弱ではなくとも夜に出掛けるのは許しませんよ。今宵は満月でございます。この街「レ・カンパネラ」は結界で囲まれていますから知りませんが、外の街は近くまで魔王軍が来ていると聞きます。今の時間、誰も外には出ていませんからね。特に満月の日は』
執事はそういうとキラリと輝く真っ黒な彼の瞳。その瞬間だけ左眼の奥が紅く輝いていた気がした。
『そうね。我慢しているから。貴方の話をもう少し聞きたいのよ。今日はここで一晩中。ね? いいでしょう?』
彼女のお願いに、執事は苦笑した。
『僕もお付きの人がいての外出だったんですよ? まぁ、振り切りましたが。悪魔が出たって魔族が出たって幽霊だって僕は倒して見せますよ。だって貴方の……』
彼女は彼の言葉にクスリと笑う。
『――「忠誠を誓った召使いなのだから」聞き飽きたわ。もう覚えてしまったのよ? 私のお強い執事様』
彼は彼女の顔を見て、また笑いかける。
『いつか貴方をこの部屋から……籠から出してあげますよ。そして広いあの空を見せてあげましょう。僕はそのために貴方に仕えるのです。そのためならば僕は命だって投げ出して見せましょう』
『いやだ、そこまでしなくていいのよ? 貴方と二人でこの屋敷に住めればいいの。それが一番の私の幸せなのだから』
彼はそうですね、とお茶をカップに注いだ。たちまち湯気が上がる。白い小さな雲はふんわりと上がっていく。
『今宵も貴方にお話しましょう。この前旦那様から魔法陣の扱い方を習いました。きっと役に立つから、と。成功すると綺麗なんですよ。この屋敷の図書室に溢れんばかりの本を読んで、自分なりにやり方を考えているのですが……難しいですね。旦那様にはかないません』
外に出られない彼女と、外には出られるけど、この屋敷から離れることを許されない彼。それはこの屋敷に隠された秘密のように何もかもが上手く繋がっていて複雑な迷路を作り出していた。
絡み合って離れない。
それはこの家の次期当主を託されていた期待によるものだった。
『僕はこの家に養子に迎えられて嬉しく思いますよ』
彼はそう言って笑った。彼女もつられて笑う。そして、きっと彼はこの先何があるのかを知らない。
貴方は何も知らない。知っているのは――私だけ。
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