歯車はいつも噛み合わないⅪ‐③
「リアヴァレトに位があるのも、今も昔も同じ。俺の祖父が見誤ったのだ。祖父が……堕天使であるお前を引き入れた。結果、お前に殺され、追い出される羽目になり堕ちたのだからな」
黙って聴いているロドル。
「俺のこの力もその血を受け継いだもの。これは絶対服従の技。これこそ魔王の素質だとは思わないか?」
「どうだろう、僕にはそうは見えないね。ゼーレ……その名前はその能力にピッタリだよ。『魂』と言う名の通りに」
「うるさいな! お前が壊したから俺はどれだけ苦労したと思っているんだ! 挙げ句の果てにお前はネーロと俺の家族まで殺して……そんなに消えて欲しいのか」
ロドルはそっと立ち上がる。
「ゼウス様は僕を魔王城に迎え入れなければ死ななかっただろう。僕も、あの人を殺したくはなかったんだ。結果的に殺すことになったことは謝る。謝っても罪は償えない。けれど、それでも僕は殺したくなかったんだ」
ロドルは剣をそっと撫でた。
「お前が旅を繰り返していたのは、ただ魔族の同胞を探していただけではないだろう」
ロドルは確信していた。ただゼーレが旅をしていたわけではないことを。ゼーレの家族を皆殺したのはロドルとネーロだ。あの時、ロドルはネーロと共に行動していた。戦争が激しさを増したころ、ネーロはロドルを連れてある場所に向かった。こぢんまりとした本当に小さな集落だった。
そこにいたのはかつて魔王城から逃げ延びた一族だった。
火を放ち集落は燃えていく。ネーロの目的はここにいる吸血鬼の一族を殺すためだった。
『ウワァァッ!』
という叫び声と共に現れたのはまだ幼いゼーレだった。
ゼーレは二本の剣を両手にロドルに襲いかかってきた。
『なぜ、父を殺した』
と、一言だけ。それから彼は正気を保てなくなった。
「気づいたら俺の周りには血だまりと足元に転がる屍の山。俺は何が起きたのか分からなかった。何かの悪夢かと思った」
ロドルは静かに話し始める。その時の状況を正確に把握しているのはロドルだけであった。
『僕がみんな殺した。だけど、お前にそれを咎める資格はないよ。だって僕はお前の『後始末』をしただけだから』
そう言い、地面に剣先で円らしきものを描くロドル。
すぐ後ろにいた『人間の』子ども達が震えていた。
『ああ、この子は――僕達が連れてきたエクソシストの中にいた子なんだ。長期の仕事になるから子どもを連れてきた。目的は何一つ言ってなかったから。お前の足元にいる男性と女性が、この子達の両親。もちろん、死んでいる』
ゼーレは足元を見た。手を繋いだまま横になった男女。
目には薄っすらと涙が光っていた。
『ごめんよ、目の前で殺すことになってしまって……』
なぜかロドルは笑う。自然で優しそうな、周りの空気がふわっとする笑顔を彼らに向ける。魔族のものとはまるで違う。
それはまるで人間のような笑い方だった。
『君の姉さんしか助けられなかった。血をそこまで飲まれていないようだからね。だけど命の保証だけでそれが恩だと思わないでくれ。……実際今。僕は君達にもっと恐ろしいことをしようと企んでいる』
ロドルはこちらに笑顔を向けた。背筋がゾクッとした。同じ笑顔のはずなのにどうしたものか。その時の自分は分からなかった。
『この子ども達は真実を知りすぎた。このことは僕と君が知っていればいいよねぇ?』
『――何をするつもりだ』
『……記憶を消す。あと君に聞いてもいいかな? 五百年……経てばこの出来事は歴史だよねぇ?』
ロドルは円の中に何かを描き込んでいる。
真っ黒な文字の羅列。それは黒く地面を塗りつぶす。
『そうだろうが……、なぜそれを聞く』
『五百年先に送ったなら……この子達は幸せに暮らせるかなと思ってね』
ロドルは独り言のように呟いた。
その刹那。真っ赤な光が地面から上がる。地面から上がった燃える焔は、じわりじわりと周辺へと広がっていく。
『お前! そんな事が出来る訳ないだろう!? そんなことをしたら魔力を使い切ってお前は!』
『大丈夫! 魔法陣は『同じ時間の違う場所』にものを運ぶ魔法。ならばまた反対も真なりとは思わないかい?』
魔力についてのことではなく、魔法陣についての解説が聞こえた。つまり、それの反対。違う時間の同じ場所に物を運ぶと言った。そんな事がはたして可能なのか?
ロドルの姿は見えなくなった。最後に聞こえた。
『また五百年後の僕によろしく。また会える日まで二人で生きて行くんだ。僕がそれまで生きていたとしたらね』
――子どもに向けたメッセージを。
「ゼーレがメーアのところに来た時、僕は黒猫の姿だった。僕だと気付かなかったのか?」
その問いにゼーレは首を振った。
「いや、気づいたさ。でも言わなかった。俺があの時に何をしたのかが分からなかった。その事をいつか聞かなくてはと思っていたから。ついに教えてくれなかったが……」
「そうだな」
ああ、と彼らはお互い確かめ合う。
「君は、僕を探していたんだろう」
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