歯車はいつも噛み合わないⅪ‐②

 僕は確かに……、ネーロの言う通り人は殺せないんだろう。


 だが、目の前の奴はどうか。


 もう人格すらも捨てた傀儡なんて死んだも同然。


 ある意味、辿――ここで僕が斬る。


 その時だった。


「ここは……、私はなにを」


 声がした。その声の先を見ると、部屋の端に倒れていたメイド服姿の若い女があくびを一つしていた。


「頭がまだクラクラしますね……」


 うわ言のように喋る口元。頭に手を当てながらゆっくりと立ち上がる。


 まさか――。まさか、まさか!


「ロ……ロドル様? どうしたのですかそんな顔をして……その剣といい……、戻ってきてくれたのですね……」


 目が合った。


「や……やめろ、立ち上がるな!」


「……なぜですか?」


 メイドは首を傾げた。


「……伏せろォッ!」


「?」


 まだクラクラと倒れそうなメイドはゆっくり目線を上にずらす。途端に聴こえた悲鳴。同時にロドルは剣を地面に突き刺す。バリバリと広がる魔法陣はその最悪なシナリオに間に合うとこなく消滅した。


「クハハッハ……まだ『生きているモノ』がいたとはな!」


 ゼーレがメイドの首元を掴みそこにいた。


 ――間に合わなかった。


 ゼーレの身体に寄り掛かるように、メイドの両手は力を抜いてダラリと下がっていく。地面には血だまりと落ちた真っ白なハンカチ。それは真っ赤な血を吸い紅く染まっていった。


 カラン……、という金属の音。


 ズルッと地面に落ちた自分の剣が響かせた音。魔法陣が起こした砂風がまだ立ち込んでいる。


 ――亡霊がまた増えた。


「どうした? もうお終いか」


「……あぁ、そうだな」


 ロドルは地面に腰を下ろしたままだった。


「お前と人形遊びするのはもうお終いだ。……けりをつけてやる」


「いいぞ、お前はまだ自分の物語の序章を見ただけだ」


「それはどういう意味だ」


「お前の敵は俺であって、俺ではないだろう。俺が見るお前がお前ではないように」


「だからどういう……」


「まだ分からないのか、それすらも忘れたのか」


 ゼーレは氷のように冷たい目をしていた。なにかを見透かす目。


「昔、お前が俺に……実際は俺の先祖に。なにをしたのか。忘れたとは言わせない。絶対に!」


 ロドルの瞳が一瞬だけ動揺を見せる。


「知っていたのか」


 ロドルの声は妙に落ち着いていた。小さく何かを呟いたが、ゼーレには聞こえなかった。


「この前、メーアに付き添って隠し倉庫に入った時だ。埃まみれのその中で俺の足元に落ちてきた一冊の本。魔法で封印されたその本に書いてあったのは、お前の『本名』と『写真』だった。ホルド・ルチーフェロという『偽名』も書いてあった。何をした人で何年前のものか俺は両親に何度も何度も何度も何度も教えられたからすぐに分かった。そして、驚いたのは『年齢』すらも変わっていない容姿にだった。なぜ、お前は姿すらも変わっていない? 魔族は永遠に生きるとしても少しは変わるはず。それじゃまるで『不老不死』じゃないのか」


 ロドルの顔がだんだんと青ざめていく。


「俺の家は小さな部族だった。俺はそこの跡取りだった」


 ロドルは何も言わずただ聞いていた。ゼーレはどこか遠い目をして語り始める。遠い記憶。さっき思い出したもの。


 どうして忘れていたのか?


「俺はそれでもいいと思っていた。小さな部族なら大きくすればいい。でも、俺の祖父が生きていた頃は、俺の家はリアヴァレトを統べる国王の家だった」


 ロドルは剣をグッと握る。


「なぜ、そんな家が一気に没落したのか! 国王として治めていた家が。なぜ祖父が死んだことで堕ちたのか! お前なら十分に分かるだろう? ロドル……いや……ホルド」


 ロドルはゼーレの顔を見なかった。

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