追憶――消し去った日々Ⅵ‐②

「さっきリュビが言った言葉に対するお前の返答が気になってね。本当は僕たちのことずっと尾行していたんじゃないか?」


「根拠は」


「『ホルドとはどういった関係で』この質問にお前はすぐ答えた。本当にここで初めて会ったのなら、こう聞くはずだ『ホルドとは誰か』と」


 僕はまだお前に名を名乗ってもいない。不自然だ。


 僕が記憶を無くしていることも知っていたんじゃないのか。


 尾行して聞いていたんじゃないのか。


「そして、二つ目。『記憶を無くしている』こう言ったら驚くだろう。なのに、すぐにその場所から動こうとお前は言った。なんでそんな行動を取れるのか」


 悪意しか受け取ることが出来ない。


 何を企んでいる?


 男は、恭しく腰を折り僕を指揮官と呼んだことなんて、忘れたと言わんばかりの変わり身の速さで、甲高い笑い声をあげた。


「また記憶を無くしたんですか。この俺のことも。何度も何度も忘れては思い出しを繰り返すのは無駄じゃありません? ……とでも、言えばいいんですか」


 掴まれた腕に力が入る。


「いいですよ、思い出させてあげましょう。記憶の片隅ではなく核の方に思いっきり強く永遠に残るようにね」


 男はニヤリと口角をあげた。


「さぁ、帰って来い。探していたのは本当だぞ? ――そう、血眼になりながらね」


 男はそう言って腕を離した。


 隙あり、そう思って逃げる体制を取る。


「逃げる気か。だが、お前の動きは読めてる」


 僕は男を振り切り、路地の大通りの方とは逆に向かって走ったのだが……。そこには高くそびえる壁。先程までそこには何もなかったはずだ。こんな短時間で?


 そんな問いは自分が前に使った力で証明される。


「魔法か……」


「流石、御名答で。先程の推理も中々の物、さすが、勘の方も優れていらっしゃる」


 男は壁が作り出した暗闇からぬっと顔を覗かせた。


「さぁ、大人しく捕まってください。貴方に死なれては困りますので。まぁ、死にゃしないと思うが。俺はあいにく手加減が苦手でしてね、たまーに相手を潰してしまうのですよ」


 にやにやと笑いながら男は肩を竦める。


 クッ……。


 後ろは壁で前にはあの男。記憶がないとしても、この状況では敵としか思えない。男が言うように僕を殺す訳ではないだろう。だとしても、まずい。


 それにあの台詞も気になるところ。また記憶をなくした? 前にもということなのか。そして、男は自分のことを知っている。


 この状況、普通は大通りに向かい、人に助けを乞うのが一番良い選択肢だろう。僕がなぜ大通りに向かって走らなかったかといえば、大通りにいるリュビを巻き込みたくなかったから。だから、知っている裏路地を走ろうとした。


 それともう一つ。僕は高い場所に跳ぶのが苦手だ。


 これは数日過ごして分かったことだが、あの剣が胸にあるせいか身体が始終重い。


 だから、少しの段差でも飛ぶことが出来ない事がある。この裏路地はよく木箱が置いてありそれを足場に屋根に登れるかもしれないと考えたのだが……、それは机上の空論だったようだ。


「なぜ、僕を狙う?」


 ゴツゴツとした土粘土の壁を背に僕は男に叫んだ。それだけは聞いておきたかった。


 記憶がない以上、無意味だとは分かっていたがそれだけは。


「さぁ? お前は十分すぎるほど知っているはずだけどねぇ。会う度に記憶無いのはさすがに傷つくけど――っ!」


 答えになってない、そう直感した。


「僕が何をしたって言うんだ……僕は一体何者で、僕はどんな事をしたッ!」


 荒ぶる声でそう喚き散らす。


 男はそんな僕に冷徹な視線を向けていた。


「何をした、だと? 毎回そんな寝言をよく言うものだよ、呆れるね。まぁ、何にも知らないままの方が良かったとか後で後悔しても俺は知らない」


 男はゆっくりとこちらに歩いてくる。僕は逃げ出そうにも足が動かない。なぜ? その答えはすぐに分かった。


「腕が……」


 男に掴まれていた右腕から足の先までがまるで石にでもなったかのように硬直していた。


「催眠魔術、かけといてよかったよ。触るだけで俺は使える。まぁ、話しただけで魔術使える誰かさんとは足元にも及ばないけどね」


 男は動けない僕の足をグッと踏みつけた。


 思わず顔をしかめる。


「イッ……!」


 なにか恨みでもあるのか。


 そして、僕の頭にそっと……いや、グッと力を入れ耳元で囁く。


「俺が口頭で説明するよりも、自分で消したものくらい自分で思い出せ。どーせここにあるんだろう?」


 近くで見ると自分よりも随分背が高い。


 頭に置かれた手も上から圧がかかっている。


「抵抗するな、――堕ちていけ」


 頭に何かが流れ込んでくる。それは濁流が壁を押し流し、何もかもを壊していく。黒く塗りつぶしていく。


 薄れゆく意識の中で男は呟いた。


「うん、俺が始めに見つけたのは運の尽き。もし、アルバートがお前を先に見つけていたら。きっと、運命は変わっていたかもしれないのにね」


 ――それは、誰。思い出せない。どうして……?

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