追憶――消し去った日々Ⅶ
「え?」
なんだよ、と言いたそうな目で僕を見る彼。
僕は少したじろいだ。
「……うん。大丈夫そう。えっと、僕は悪魔ってことで合ってる?」
「あ? 自分で考えろよ、そのくらい。どう考えたって悪魔だろ」
彼は呆れたように笑った。
僕はホッとして胸を撫で下ろした。
「……で、名前は……?」
「ハッ!? 俺の名前思い出せてない、なんで、それすらも記憶にない!?」
「うん、知らない。誰」
壁と彼に挟まれ、未だ身動きは出来ない。が、ピリピリした空気は咄嗟に消え去った。彼が僕に使った魔法、それは記憶修復魔法だった。彼は僕の記憶を蘇らせ、こうして立っているのだ。
まだ、彼はぶつくさ呟いている。
「まぁ、名前なんて名乗る必要はない。好きな時に思い出せ」
彼はそういい僕に背を向けた。
――隙あり、咄嗟に剣をとる。
自分が何もない空気の中から取り出したその剣は、あの日、満月の光で見た時と同じ輝きを放つ。呪文なんて使わない。自分の意思で扱うこの剣は魔法を纏った魔剣として従ってくれる。
「僕に背を向けようとは……鈍ったんじゃないかな。祓魔師さん?」
「鈍ってなんかいない。気配は気付いているさ。だから、その呼び方やめろ」
僕は、彼の背中にに剣先を向けつつ、答える。
「あぁ、スパイの方がいい? どうだい、新しい仕事場の様子は。十字架がしょっちゅう見えるところだろう」
彼は振り返り、剣の先を押し返した。
「順調だよ。信頼は持ったしキチンと仕事をこなせているしね。君はどうなんだい? ――裏切り者」
彼のその答えは間違ってなんかいない。なに一つ。芝居掛かった口調は変わらないな。初めの敬語口調は何処へやら。いつの間にか、タメ口を聞くようになった。
「それは神の方か? はたまた……この剣を持ち逃げしたからか?」
「どっちもだ。全く、変わらないな。まだそんなことをしているのか?」
僕の記憶。それは――、全て思い出すことができた。この自身を縛り付ける剣が何なのかも全て。
そして、それは僕にとって利益の全くない事実。
むしろ、損害に他ならないだろう。
「それより」
彼はそう呟き、前置きをする。
「お前は使命を遂行しろ。思い出しているはずだ。そのためにわざわざ俺の貴重な魔力を使ったのだからな」
僕の顔はその台詞に強張った。
「どうしてもか?」
「何を今更。今までお前が何をしてきたのか、知らないわけではあるまい」
嘲笑う彼の横顔。
「でも――」
「はぁ、また言うのか? そうやって人情で立ち止まったことが何度ある?」
簡単だ、お前の剣でひと突き。一瞬だろう?
彼は呆れたように肩を竦めた。僕は目を逸らした。ハラリと落ちた首元の白いリボン。見えたのは黒い十字架の刺青。
「お前は暗殺班指揮官。それは過去も今も、勿論未来も変わらない。一仕事が遅いんだよ! たかが人間一人に何ヶ月もかけて! こっちのイラつきくらい察したらどうなんだ!?」
そう僕は――、
「それは過去の話だろう」
その長ったらしい役職から――。
「僕には関係ないね」
逃げ出したのだ。
人間にも、悪魔にも、手に渡れば悪夢を呼ぶこの剣を自らの身体に宿し、命からがら走り去って。
半分、天使の血を持つ僕ならば――。
この剣に『命』だけは取られないと信じて。
◇◆◇◆◇
この剣の名は『ゲシュテルン』――。
剣を自分の身体に宿すのは成功した。だが、弊害はあったようだ。記憶喪失はこの剣を自らの身体に宿したせい。
お陰で未だにあやふやの虫喰いだらけ。
「僕がやらなくてもいいだろう」
「いや、お前がやるべきだ」
彼の名前は未だに思い出せない。自分の名前も。彼が僕の名前を呼ばないから聞き出すこともできない。
「俺はこれで失礼する。次の満月までに行動を起こせ。しなければお前に用はない、そうなれば……どうなるのか分かっているだろう?」
彼はそう言い残し、コートを翻して裏路地へと消えていった。
懐かしい相手なのだと思う。
――のに、一つたりとも馴れ合いというものがない。それはいつもそうだったのか、僕は思い出すことが出来ない。だけど、僕に記憶が無いと知った彼の悲しそうな顔は……。
僕を心配した顔であり、またなのかという親しい友人に対しての呆れとも取れる感情は――。
多分――ホンモノなのだろう。
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