裏切りの赤い月Ⅴ

「これが最後と――、いうことですか?」


「……そのようだな。これは……――」


 ギラギラと怪しく光る、真っ赤な血文字の魔法陣。それは鍵が開いた宝箱のように、今まで真っ白だった羊皮紙に、漆黒の文字をすらすらと綴っていく。紅い焔が上がる。


 紅く燃える――。


 静かに燃える鬼火のように、こんなにも燃えているのに、熱くもなく、周りを焦がさず、静かに静かに燃え上がる。


 三人はその場に立ち尽くし、その様子を見ていた。


 ネーロは退屈そうに机の上に乗っている。


 浮かび上がった文字は、暗黒の闇の色。


『リアヴァレト、半年間の戦略』


 と、題名に書き――。


 それは地図だった。この国、カポデリスはもちろん、リアヴァレト。そしてカポデリスの北西にある国、海に浮かぶ島国。つまりは大陸「レレスタ・ルト」の世界地図だった。


 地図には文字がビッシリと書かれていた。


「これは……、どういうことで」


 エルンストが声を震わせながら呟く。それは真っ黒なインクを広げる。やがて浮かび上がった最後の文は――?


『我はこの世界を破壊に導く者なり』


 という不気味なものだった。




 ◇◆◇◆◇




「どう? やっと分かったかな、僕の作戦は――」


 綺麗なものだろう?


 一体何を考えている? あの羊皮紙に書かれていたものは、まるでリアヴァレトを負けに追い込むようなものだ。彼は魔族で、手の内を明かすことは自分の首を絞めることと同義である。


 なのに……、なぜ?


「ふぅーん。分からないって? 君達、頭悪いね」


 先程の挑発と同じだ。からかうだけの中身がない言葉。ここで彼の挑発に乗ってはいけない。冷静に、感情は出さない。


 こちらのその様子を見て、面白くないと感じたのか。


 塀にどっかり座る悪魔は、更にこちらに挑発をする。


「仕方ないな、説明ね。してあげる。飽きたし、帰りたいし、なんか食べたいし……――、邪魔物を見ていると気分悪いし」


 最後の付け加えはさすがにカチンと来た者が数人。


「ふぅ。そうだな……、僕は決してリアヴァレトに負けて欲しいわけじゃないよ? むしろ逆。勝ってほしいから君達にあれを送った。お分かり?」


 ロドルは「全部説明しないと分からない?」と言いたげに、じっとりとした目でこちらを見る。ため息を隠すそぶりもない。


「というか、悪魔が人間に負けるわけないじゃないか」


 そう付け足し、こちらの怒りを買う。


「まぁまぁ。僕は高みの見物だしね。どっちが勝とうが興味がない。だけどね?」


 抑えようという気があるならその挑発をやめて欲しいのだが、そんなこと言っても無意味だ。この悪魔はこの状況を腹が立つほどに楽しんでいる。決して敵わない強者と弱者のゲバルト。相手の手札を全て知っているイカサマ賭博師。


 悪魔のゲームだ。


「賭け事は接戦じゃなきゃ楽しくない――よね? 人の命、金銀財宝……、どれがチップとなろうが片方が圧倒的なら。それじゃ見ている観客に楽しみはない。――だからね?」


 ロドルはこちらの様子をただ見ているのだ。


「――……僕は君達にハンデを与えた」


 こいつは人の命さえもなんとも思ってはいない。


 賭けのチップとしてに使うくらいに――。


「この……、外道がぁっ!」


 クローチェは思わず声を荒げた。


 ロドルはそれを聞くと満足気に頷く。


「そう。……僕に対しての恨みはそれくらいが丁度良いよ。君達にあれを暗号解読してもらう方式にしたのは、君達がどこまでの力を持っているか試したかったから」


 ロドルは何を考えているのか?


「君達は僕の掌で踊るに相応しいことがこれで分かったよ。そうでなきゃ、あの暗号は解けない。ふっふっ……――」


 ロドルは声を震わせ、大声で笑っている。狂い笑い。その言葉がピッタリのその笑い声は、まるで地獄の底から響いているようで、エクソシスト達は揃って身体を震わせた。


「ああ、どうか、――これからも僕の掌で楽しい楽しい時間を踊ってくれよ?」


 目に涙を浮かべてニヤリと嗤う。


 涙が出るほど笑ったことに苛立ちもあったが、その言葉にも。


 ロドルは冷静沈着な顔をして無表情。思い出したように一言呟き、懐から出した懐中時計に目を落とす。


「おっと時間だ。僕が皇女をこの国に呼んだのも、あの羊皮紙を君達に渡して解かせたのも、ゼーレに演説をするよう言ったのも。……全て、僕の計画の内。せいぜい僕の掌で転がされていればいいさ。僕はを守るため、自分を悪魔と変えようが構わない」


 あっ、と思った時にはもう遅い。


 たちまち突風が吹き、ロドルの姿は一瞬で見えなくなった。


「てめぇっ……、逃げる気か!」


 煙の向こうで悪魔は何を考えていたのだろう。


 それは煙と共に空へと消えて行ってしまった。

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