裏切りの赤い月Ⅳ

 それはおよそ二ヶ月前のこと。


「密書? 誰からだ」


 机に置いた書類を纏める。俺の部屋にノックをして入ってきた、一人のエクソシストは、戸惑いを隠せないといった様子で部屋に入った。


「それが……」


 彼は一枚の羊皮紙を握りしめている。机に置けと指示し、扉を閉めさせる。パタン、と軽い音が響く。


「クローチェ様、最近リアヴァレトの方で不穏な動きがあるのを知っていますよね? それに関係すると思われていますが……」


 彼は口をもごもごしながら、ゆっくりと話し始めた。


 リアヴァレトの魔族達は日に日に勢力を上げている。人数が増えたこともあるだろうし、現魔王ゼーレの戦力が強まったのが目に見えて来たからだ。そろそろ――、戦争は近いだろう。


 新魔王軍との戦い。五百面前にあった戦乱。その再来と、波乱に飛ぶのは火を見るよりも明らかだ。


「そうですね。昨日、魔王ゼーレの演説があったと国境警備隊から報告がありました。指揮命令と呼んでもいいでしょう」


 魔族には魔法という武器がある。


 人間に数千人に一人の可能性でしか、魔法を使える逸材が生まれてこないのに、魔族では誰もがその武器を持つ。特に魔王ゼーレは魔法を纏わせた双剣を使う剣士でもある厄介な相手だ。


 彼の人間嫌いは、こちらカポデリスでも広く伝わっている。


 それ故、戦うには多くの戦力と犠牲が必要だろう。


 それは十分過ぎるくらい分かっている。


「ただでさえ不穏な時ですが、この密書を読んでください」


 彼はその羊皮紙を開いた。


 俺はそれを受け取り、目を通す。がしかし――、


「何も書いてないが……?」


 羊皮紙は薄汚れた背景はあるものの、文字は一切書いておらず、買ったばかりのスケッチブックのように真っ白だった。


 気になるのは端に書かれた『月の堕天使』の文字と、その下に血で描かれた真っ赤な図形。


「魔法陣か……?」


 俺はそれをよく見る。真っ赤な血は円を描き、三角を二つ描き重ねたようなもの。


「お前、これ分かるか」


 目の前の彼に聞くと、彼はすぐさま首を横に振った。


「とんでもない。自分は専門外であります!」


 ビシッと緊張したように固まる彼。


 つまり今回の上からの命令は、『これを解読しろ』。


「今日は眠れなさそうだな」


 魔法陣――。よく古文書で見られるものだ。


 古来。とある天使が人間に伝えたとされている。


 魔族を討つため。人間が唯一魔族に対抗しうる武器として、人間しか使えぬ魔法として、これは伝えられた。


「――……なぜが……――」


 古い魔法だが解き方は分かっている。


 俺は愛用の本を取り出しページをめくり始めた。




 ◇◆◇◆◇




「ダァッっっ! クローチェ様ァッ! 解けないです、助けてぇっ!」


 例の魔法陣は非常に厄介な作りをしており、解くのは困難を極めた。トラップ、ダミーは当たり前。クレール、エルンストに手伝ってもらいながら解読をしているが、未だ解くことが出来ずにいた。机には本が散乱している。クローチェの手には古ぼけた本が乗せられていた。


「ギャアッッ! トラップっ!」


「うるさいぞ、クレール。静かにしろ」


 作業する二人の部下の横を、馬鹿にしたように飛んでいく烏。ネーロは俺の頭の上にストンと降り立った。


 この魔法陣は本来、結界の目的の為に使うものだそうで、解くのに暗号が何十にも張り巡らされた状態になっている。このような古文書を読み解くこともエクソシストの大事な仕事。


 だが、今回の相手は密書だ。


「クローチェ様ぁ、なんでこんなもの解かなければ? 上のお偉いさんに頼めば……」


「駄目だ。上でも解けなかったらしいのだ、コレ」


 クレールが駄々をこねるのをすかさず一喝する。指で摘み上げ、ヒラヒラと空に透かす。太陽に透かすと薄い羊皮紙は、真っ白だった背景に真紅の円を浮かび上がらせた。


「結界だ。つまり聖職者は触れることすらままならない。唯一の例外は悪魔に直接対する俺達だ」


 聖職者は魔力に対するものに触れることは出来ない。


 俺達は聖職者だが、悪魔に対して戦わなければいけないので、神とかそのようなものに薄く接する。宗教、信仰にそれほど関与していないため悪魔と対峙することが出来るというわけだ。


 元々、神職につくつもりがなかった者たちが、ある理由によってエクソシストに就いた。


 俺たちは、聖職者ではない、訳アリの者たち。


「二人とも頑張れ。終わったら近所に新しく出来たカフェでも行くか」


「よっしゃっ!」


 歓びの声を上げるクレール。呆れ顔のエクソシスト。


 二人の部下はいそいそと紙に文字を写しながら、次々と出される魔法陣を解いていった。

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