第5章
裏切りの赤い月Ⅰ
「カポデリスに平穏を! リアヴァレトに鉄槌の裁きを!」
朝から騒ぐ声がする。掛け声は段々大きくなり、こちらへ近づいているようだ。その声の主たちが家の前に止まった時、その声はその場に止まって演説を開始する。
俺の家はこの国で一番大きい教会の隣。確かに、演説するにはもってこいだろう。その声は尚も大きく高らかに、国全体に聞こえそうな大声で続いている。それは、架のいう戦地を舞った伝説の英雄のように、堂々と――。
ああ、うんざりだ。眠れない。
彼は重い瞼を上げ、カーテンを少しだけ開けた。
大衆の中心にいるのは、真っ黒な服に十字架のペンダントをした男。大声を出しているのはその男だ。それを聞く大衆の人々は様々で、一人の女が泣き顔を浮かべている。演説をする彼はしきりに手を広げ、叫んでいるのだ。
最近、増えた。
さて、そうとはいっても――。自分も同じ職についているではないか、と言われたことがある。俺はそう言った者に言いたい。
同じものに分類しないでいただきたい、と。
ただ神に祈るだけの聖職者と、魔を払う能力を持つエクソシストは違う。少なくとも――、俺はそう思っている。
力を願う者と力を欲する者の違い。
それは何事にも変えられないもの。
足早に外に出て街を行く。目つきの悪い部下には「貴方が魔王ですよ」といわれる顔で、今日もどこから来ては頭に勝手に乗ってくるしもべを連れて――。
「クローチェ様!」
無言のまま、声を聞き過ごす。
目の端に映る、通りの向こうから走ってくる眼鏡の女性。
「クローチェ様!」
なおも自分を呼ぶ声は続く。
「クローチェ様!」
「しつこいぞ。大聖賢ともあろう方が俺に何の用か」
「クローチェ様、お仕事です。あと前々から言っています。私にそのような口は聞かない方がよろしいかと」
身分をわきまえろ。眼鏡をずらす手が口元を隠した。
「……聖賢、次はどこの国だ」
「リアヴァレト、例の場所です」
彼女は即答した。
「またなのか?」
「そうなのです」
またもや即答する。無表情はそのまま。平坦な声、何をも言わぬ彼女。自分より、年上。そんな彼女。
「聖賢、俺は忙しい。他を当たってくれ」
手でしっしと追い払うポーズをする。
彼女はそれを見ると呆れたように口を開いた。
「クローチェ様……、リアヴァレトの北東の小さな村。そこに例の目撃情報がありました」
その言葉を聞いた瞬間、俺の耳がピクッと動いた。
「聖賢、本当か」
「確かな話です」
彼女はまたもや答えが分かっていたような即答を返す。
なにを考えているのか、嵌めようというのか分からない。けれど、この女の情報に今まで嘘はなかった。ただの一度きりも。
そう、一度だってなかった。
「ネーロ、仕事だ。行くぞ」
「健闘をお祈りしています」
作り人形か操り人形のように、目の焦点が合わないまま。ただ、同じ言葉を繰り返す彼女を置いて歩き出す。この首都の中心街へ移動する。思わず足早になるのを抑えながら。
しばらく歩き後ろを振り返えると、彼女はまだ腰を折ったまま頭を垂れていた。誰が見るでもないのに、その動作は不気味だった。大聖賢として有名だったのは確かだ。
なのにいつからああなってしまっただろう?
その原因を一番よく知っているのは自分なのだ。
「……ッ」
俺の名はクローチェ。このカポデリスの首都、リリスに住む、目つきが凶悪だの、魔族よりも魔族らしいだの言われるが、正真正銘の人間であり、エクソシストの力をもって人間の中では魔族に対抗しうる唯一の存在――。
位の名で賢人、若き有力エクソシストの一人だ。
「早く――、助けるから」
虚ろに映る彼女の瞳はどうにも気味が悪かった。自分の姿が写っていないその瞳は、自分と同じ「黒」だった。
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