化ける魔族Ⅱ‐➁

「俺はゼーレ。吸血鬼だ」


 彼は月明かりの当たる窓ぎわに置いた椅子に腰掛け、自分の名前を言った。その堂々とした振る舞いに思わず緊張してしまう。


 男の人をもてなしたことがないから――ではなく。


「わ、わ、私はメーア。こ、こ、この子はロドル。使い魔で、一緒に暮らしているの。あっ! 私は魔女なんだ!」


 あべこべで途切れ途切れの私の言葉に彼は苦笑した。彼は私の顔と、横に座る黒猫を見た。ロドルはふわぁっと眠そうに欠伸をして、この雰囲気に動揺もしていない。


「メーア、そんなに緊張しなくてもいい。同胞は襲わないから」


 言い方が『同胞でなかったら襲っていた』という意味に聞こえなくはない。が、安心してもいいのかもしれない。


 久しぶりに魔族と出会い、心臓が震える。


「おい、大丈夫か」


 淡々とした話し方なのに心配されているのが分かった。


「大丈夫です! 久しぶりすぎて緊張しちゃって……だって」


「あぁ、俺も少しは緊張している。いないと思っていた魔族に会えたのだからな」


 やはり話す言葉は淡々としている。


 その時、月明かりに照らされて髪が吹かれた。隠されていたものが露呈する。


 彼の耳は三角に尖り、牙がギラリと光っていた。


「そんなに珍しいか」


 ゼーレがこっちを覗き込んでいる。しばらく見惚れていたのだろう。全くゼーレの声に気付かなかった。


「あっ! いえ……私には貴方みたいな変化がないから」


 私は魔女といっても混血で、純粋な魔族ほどの満月の変化はない。先祖がカポデリスにやってきた時、先祖は人間と子を成し、育てた為、私の魔族としての血はだいぶ薄まってしまっている。


 魔族は夜になると少し身体に変化が起きる。


 だが、それは僅かな変化で人間には分からない。私の場合は魔力がいつもより多くなるだけだ。


 満月の光が照らす夜。魔族は本来の姿を取り戻す。だから昔からカポデリスに住んでいた魔族はその時間に狩られていった。


 私はその中の、混血だった故の生き残りだ。


「ゼーレは純血なの? 大変じゃなかった?」


「あぁ、大変だった。家族は目の前で殺され、俺は一人必死に逃げた。気づくと周りには誰も……、いなかった」


 遠くを見ながらゼーレは物哀しく語りだした。


「何があったのか、不思議と覚えていないんだ。でも、両親は誰かに殺された。――それだけは覚えている」


 逃げ切れたのは運が良かったのも理由かな。小さく呟き、無表情な顔に陰りが見えた。


『俺の故郷は無い。だから、ここに置いてくれ』


 数日後、彼はそう言い残して闇夜に消えた。次の日、どこに行ったのかと聞いても何も答えてはくれなかった。


 ただ、魔力が減っていることは分かった。


「何人……」


 言い切る前に頭をポンと撫でられた。


 聞かない方がいい。――そう、彼の目は訴えていた。


 魔力は、リアヴァレトでしか回復することは出来ない。カポデリスでは、満月の夜に魔力を回復することは出来るもののそれはその場しのぎにすぎない。だから、たまにリアヴァレトに行かなくてはならないのだ。


「ゼーレ! 危ないよ! 魔力がこれ以上削れたら……、また私は――」


 一人になってしまうじゃない。


 声を発する前にゼーレは二階の寝室に向かっていた。


 魔族は魔力によって生命を維持している。


 人間がする食事も、日光浴も必要としない代わりに魔力を欲する。リアヴァレトでは、空気を吸うかのように摂取出来る魔力もここにはない。魔力が切れた時、その魔族は死ぬ。


「メーア、俺は大丈夫だ。少し寝るだけだから」


 ただでさえ蒼白い顔に覇気はなかった。

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