第12話 消失する800万柱+α

 

 ――そして監査当日――


 高天原の地平線までずらりと並ぶ、現人神800万柱。

 そしてそれを見回せるやぐらの上には、バードカウンター片手の正義の女神。カチカチカチカチカチ!!

 800万柱を全部自力で数えるつもりらしい。

 最初は鼻息荒く数えていた正義の女神だが、最後尾まで数えるにつれ、お通夜のような雰囲気になっていった。

「……神が799万9997柱~、神が799万9998柱~、神が799万9999柱~、神が800万柱~、……ああ、何度数えても足りてる~! ぴったり~」

「番町皿屋敷Goodエンドかよ」

 イザナギはうんざりとツッコミを入れた。

 すでに最初から数えなおすこと8回目。日が暮れた。

 いくら女神が結果に納得いかないとはいえ、巻き込まれる神々は災難である。なんたって800万人。女神の野鳥の会じみた驚異的なカウント能力でも、時間はたっぷりかかる。

 あたりはもうすっかり暗くなっていた。

 物見遊山がてら見物にきた海外の神々は、すでに飽きてしまった随行の神々は、やぐら下の宴会会場からブーイングを送っている。

 せっかく美味そうな料理が目の前に並んでいるというのに、正義の女神の『監査が終わるまで宴会はお預けです!』という鶴の一声で指をごちそうを前に指をくわえるはめになっていたからだ。

 ブーイングの圧力に耐えかねたわけでもないが、文殊菩薩は子供に言い聞かせるような口調で女神に言った。

「さぁ、これで正義の女神殿もご納得されたでしょう。日本の神々は800万柱実在した。よって詐欺罪は適用されず無罪。死刑もなし! ……よろしいですね」

 女神はギリギリと唇をを噛み締めて悔しそうに唸った。ぷくと膨らんだ頬がそれを証明している。

 それでも、フンと上目遣いで女神は負け惜しみを言った。

「……よくもこんな短期間で800万人揃えられましたね。さすがは文殊えもんといったところでしょうか」

 一体どこまで浸透してるんだ、そのあだ名は。

 ひくりと文殊菩薩の頬が引きつり、イザナギはサッと視線をそらした。

 無邪気に文殊菩薩のあだ名を広めまくったイザナギさん、ギルティ。

 しばしの葛藤の末女神は、無理やり自分を納得させるように、長いため息をついた。

「――、わかりました。今回は、我々の負けです。ですが……、」

「ですが?」

 女神はギッと文殊菩薩とイザナギをねめつけた。

「こんな合法と違法の峠をドリフトで攻めるようなやり方、今回しか認めませんからね! 次も通用するとは思わないことです!」

 そう言い捨てて、女神は足音も荒くやぐらを降りて行った。

 残されたイザナギと文殊菩薩はポカーンと気を抜けた顔をしている。

「……終わった?」

「……のようですね」

 もう少し粘られるのかと思いきや、女神があっさりと負けを認めたことで二人は拍子抜けしたようだった。

 しばらくして、やぐら下の宴会場から歓声と拍手が聞こえる。

 女神が敗北宣言をしたらしい。

 それを聞いていた800万人の現人神候補生たちにも事情が伝わったらしく、やがて800万人分の海嘯のようなすさまじい拍手の音と歓声がとどろいた。

 ここでようやく二人は肩に入った力を抜いた。ここまでかかった苦労を思えば、完全に勝利したと確信するまで張りつめていても仕方ない。

 脱力したのかがっくりと膝をついたイザナギ。睡眠不足が足に来ていた。

 イザナギは文殊菩薩を見上げて、へにゃっと笑った。

「あー、おつかれ文殊えもん。お前のおかげでなんとかなったわー。ありがとなー。日本の神々を代表してお礼言うわ」

 文殊えもんも苦笑した。

「いえ、あなた方の頑張りあってのことです。我々仏でさえ神仏習合で一緒に罰せられる可能性もあったことを考えれば、お礼なんて水臭いですよ。まぁ女神の捨て台詞は気にかかりますが、急場はしのげました。これからは隙を見せなければ大丈夫でしょう」

 二人は笑いあうと女神に倣ってやぐらを降り始めた。

 本題が終わればあとは宴会に突入である。世界各国の神々は酒豪が多いからもてなすのも大変だ。

 しかし、生きるか死ぬかの難題を潜り抜けた達成感の前では、そんな苦労は些細なものだった。二人は完全にリラックスしていた。

 映画ならイザナギと文殊菩薩が宴会場に出ていく後姿を映して、フィナーレとするだろう。


 本当に? 本当に何もかも終わったのだろうか?


 海外の神々と日本の神々が居並ぶ宴会場。

「あいさつとかめんどいので省略します! みなさんとにかく盃を持て―」 

 そういってイザナギは無邪気に盃を掲げた。

 ピューイとあちらこちらで指笛が鳴らされ、喝采が沸き上がる。

 ごちそうを前に、女神が800万人×8回分カウントを取るまで待たされ続けた神々は『御託はいいからさっさと食わせろ』という気分だったのだ。しょうがないね。

「そいじゃあ我々の無罪を祝してカンパーイ☆ ジャンジャン食ってくださいネー」

 イザナギが乾杯の音頭を取り、居並ぶ神々が唱和して日本酒を煽る。

 そこからは無礼講じみたどんちゃん騒ぎの始まりだった。


 酒に酔って気が大きくなっている神々は気付かない。

 料理を一口食べるごとに、一人ずつ神が消えていることに。


「あれ、文殊えもんー? どこ行ったん? えー、いないのかよ。飲み比べしようと思ったのにー。厠かな」

 盃もってふらふらしているイザナギの前に、にっこりと笑ったヤマトタケルが現れてその口にヨモツヘグイの飯を突っ込んだ。

「むぐぅ!」

 瞬間、バシュッと音がしてイザナギも消える。

 くすくす笑うヤマトタケル。

「はい、イザナギ様お疲れさまでした。向こうでお会いしましょうね」

 軽やかな口調に反して眼光は鋭い。背負っている草薙の剣がカチャリと鳴った。

「あとは、、君に任せた。今高天原にいる神々を全員黄泉の国に送るまでが君の仕事だ。……終わったら弟君連れてさっさと逃げるんだよ」

 ヤマトタケルは後ろで影のように従っていた青年に笑いかけた。

 そこにいたのは寸分違わず自分と同じ姿をした『もう一人のヤマトタケル』。

「……ご武運を」

 もはやこの事態について語り合いつくした後なのか、彼は言葉少なく本物のヤマトタケルの武運を祈った。

「そんな顔するなよ。殺すも殺されるも行きつく先はみんな同じ黄泉の国だ。結局遅いか早いかだけの差でしかないんだ。だからお前が気にする必要はないさ」

 ヤマトタケルは、不安そうな『もう一人のヤマトタケル』をやわらかく励ますが、あまり効果はないようだった。彼の表情は曇ったままだ。苦々しく口を開いた。

「俺はもう何も言いませんが、無理だけはしないでください。……弟を助けてくれてありがとうございました」

「礼を言うのはこっちだ。お前とはずいぶん楽しませてもらったよ。生きて帰ったらまた遊ぼうな」

 ニヤッとチェシャ猫のように笑うヤマトタケル。

 別れの挨拶を交わして気がすんだのかヨモツヘグイを自ら口に放り込んで、イザナギと同じように消失してしまった。

『もう一人のヤマトタケル』はそれを見送ると、まだ宴会で騒いでいる神々に酌をしに行った。

 ――むろん、隙を見てヨモツヘグイを食わせて、異国の神々を冥界送りにするためである。

 事は静かに、酔客の喧騒にまぎれてしめやかに行われた。


 こうして、海外の神々も、イザナギも文殊菩薩も、800万人の現人神候補生たちも消えた宴会場。

 宴会場にポツンと残ったのは、必死に暴れる大代弥生と、素早くそれを捕縛した『もう一人のヤマトタケル』だった。

 腕に食い込む縄の痛みに顔をしかめながら、懸命に身をよじる弥生。

「一体アンタなんなんだよ! 何が目的でこんなこと――!」

 正体不明の『もう一人のヤマトタケル』に怒鳴るも、呆れた顔をされた。

「お前まだ気づかないの? 俺が誰なのか」

「知るか!」

 腹減ったから、イザナギにもらった飯を食おうとしたら突然縛られてこのざまである。

 正体も何も、日本の神とは初対面だ。わかるわけがない。

 わかることといったら、こいつが宴会場で人や神々が消した犯人だということだけだ。自分は早々に縛られていたため呆然と見ている事しかできなかった。一体何が起きている?! 混乱の極致だ。

 何でもいいから説明をくれ!

 気が立った獣のように唸れば、『もう一人のヤマトタケル』はため息を吐いた。

「……さすがにそれは悲しいな。一年経っただけで、もう忘れられたのか」

 彼はため息つきながら髪をかき上げて――そのまま髪を投げ捨てた。カツラだったらしい。カツラの下は黒髪の短髪だった。

 続いて袖でグイッと化粧をぬぐい落とす。現れたのは涼やかな瞳となめらかな顔である。

 弥生は目を見開いた。その顔に見覚えがある。

 一年前に事故で入院して、未だ目が覚めていない、自身の唯一の兄弟。

「……まさか」

 あっけにとられる弥生。

 正体を現した彼は真顔で重々しく宣言した。

「アイム・ユア・ブラザー」


 ……ダースベーダかお前は。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

神々の粉飾決算 北斗 @usaban

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ