「コドクな怪物たち」



チャン氏は魔獣キメラ愛好家だった。

彼は自分の屋敷に十匹の魔獣を飼っていたが、中でも「赤龍」という魔獣を最も気に入っていた。

「赤龍」は十本の角と七つの頭を持つ途方もなく巨大な魔獣だった。

「赤龍」が生み出されるまでには相当な苦労があった。

魔獣は合成壺フコに複数の生き物を投入し、殺し合わせることによって作り出される。

合成壺の中に入れられた生き物は、その生物に応じた様々な方法によって殺戮衝動を刺激され、殺し合いを始める。

そして勝者は敗者の特質を獲得し、壺を破壊、新たな姿となって外の世界に出て来る。

チャン氏はまず龍型の魔獣を作るために何十という合成壺を割った。

チャン氏はさらにその龍型の魔獣同士を合成壺の中で争わせた。

だが魔獣同士を争わせて作り出した魔獣は身体の構造が不安定なせいか大抵すぐに死んでしまう。

チャン氏は壺から出て来た魔獣が爆発したり溶けたりするところを何度も目撃する羽目になった。

だがチャン氏は諦めなかった。

彼は根気強く合成作業を続けた。

そしてとうとう、十本の角と七つの頭を持つ魔獣「赤龍」を作り出すことに成功したのである。


作り出すのに苦労しただけあって「赤龍」はチャン氏を大いに満足させてくれた。

「赤龍」は、魔獣愛好家の集いでよく行われている、魔獣同士の決闘で連戦連勝した。


今日の決闘も「赤龍」の圧勝に終わった。

対戦相手の「鵺」は「赤龍」に食い殺された。

審判が銅鑼を叩き、「赤龍」の勝利を宣言した。

銅鑼の音が鳴り止むと、「赤龍」はつまらなさそうに、ペッと「鵺」の骨を吐き出した。

「鵺」の飼い主だったヨシダ氏は唇を噛んで悔しがった。


チャン氏は手を叩いて他の愛好家たちに呼ばわった。

「さぁさぁ、他に挑戦者はいませんかな? 日本の魔獣愛好家はレベルが高いと聞いております。誰の挑戦でもお受け致しますぞ!」

チャン氏の「赤龍」の強さをまざまざと見せつけられた他の愛好家たちはやんわりと彼の誘いを断った。

「我々の魔獣ではまず敵わないでしょう」

「2対1でも、いや、全員の魔獣が一斉にチャンさんのに襲い掛かっても勝てるかどうか……」

「ふむ。それは残念。では別な魔獣を出しましょう」

チャン氏はパンパンと両手を叩いた。

「赤龍」はチャン氏の合図に従い、闘技場アリーナの入退場ゲートに向かってゆっくりと移動を始めた。

砂埃が舞い上がる。

チャン氏はせき込みながら次にどの魔獣を出すべきか頭を捻った。


チャン氏が沈黙思考を始めてから1分が経った頃、1人の研究者然とした青年が彼に声をかけて来た。

「はじめまして。ヌマタ・タカシです。先ほどの「赤龍」の戦い、じっくり見させていただきました。そしてなら私が飼っている「孫悟空」でも勝てる見込みがあるのではないかと思いました」

最初、自慢の「赤龍」を呼ばわりされてチャン氏はムッとした。

だがその表情はすぐに楽し気なものになった。

目の前の若造の鼻っ柱をへし折ってやったらさぞ愉快だろうと考えた。

「君は中々見どころのある青年だな。他の玉無し共とは違う。良いだろう。この勝負受けて立とう」

「では早速、準備をして参ります」


──10分後、「赤龍」と「孫悟空」の戦いが始まった。

ギャラリーは皆、「孫悟空」が何秒持つだろうかという話をした。

「孫悟空」はどう見てもただのサルにしか見えなかったからである。

審判がドラを鳴らす。

対決の火蓋が切って落とされた。


「赤龍」は七つの頭部で一斉に「孫悟空」に食らいついた。

だが「孫悟空」はその攻撃を宙返りで華麗に回避した。

「孫悟空」は着地した先で闘技場の砂を思い切り蹴った。

目つぶしである。

「赤龍」の頭部のうち3つが仰け反った。

「孫悟空」はその頭部を踏み台に「赤龍」の背後に飛ぶ。

チャン氏は唸った。

「ほう。日本人らしい。あのサルは技を使うのか」

隣で立っていたヌマタは言った。

「技だけではありませんよ。「孫悟空」の手にご注目ください」

地面に着地した「孫悟空」が再び立ち上がった時、その手には一本の長い骨が握られていた。

「先ほど「赤龍」が吐き出した「鵺」の背骨ですね」

「何だと!?」

「孫悟空」は「鵺」の背骨を槍の様に構え、「赤龍」の胴体に突き刺した。

のたうち回る「赤龍」。

観客たちが一斉に歓声を上げる。

「良いぞ! 悟空!」

「そのまま「赤龍」を倒してやれ!」

「「鵺」の仇を討ってやれ!!」

そして闘技場の中に次々と凶器が投げ込まれる。


割れたガラス、灰皿、椅子、ハンマー、調教用の鞭。


それらを使って「孫悟空」はじわじわと「赤龍」にダメージを与えて行く。

チャン氏は呻いた。

そしてヌマタの服の襟元に掴みかかった。

「こんな、こんな話は聞いてないぞ!!」

「赤龍」の頭部の1つが椅子で殴られ意識を失う。

「ええ、聞かれませんでしたからね」

「赤龍」の頭部の1つがハンマーで頭蓋骨を割られる。

「何故あの魔獣はああも器用に戦えるんだ!? 自然界には人間以外にあんなに賢い戦い方をする生き物は……」

「赤龍」の頭部の1つがガラスで喉元を切り裂かれる。

「自然界にいなくても、作ることはできる……そう、合成壺を使えばね」


蓄積したダメージにより常勝不敗の「赤龍」は遂に息絶えた。








「コドクな怪物たち」終わり

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絶滅未来博物館 カワシマ・カズヒロ @aaakazu16

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