祈り

「新城先輩が欠席している」

 昼休みに朽木がそう言ったので、ユイさんの欠席を知った。

 俺は少しどきっとしたけれど、中ノ島は大して気にする様子もなく、

「新城先輩はちょくちょく仕事とかで欠席するんじゃん」

 などと言っている。事情を知らなければ当然の反応だ。しかし、朽木は釈然としない顔をしている。

「欠席届が出てない」

「欠席届?」

「彼女は今まで、黙って学校を休んだ事がない。今回は無断欠席。初めての事だ」

「よく知ってるわねー。いつの間に調べてんの?」

「……気になるから」

 それだけ言って、朽木は黙ってしまった。

 中之島は、朽木と俺につられて、どことなく不安げな表情になったものの、

「ま、先輩にだっていろいろ事情はあるのだと思うけど」

 そう言って、とりあえず、昼休みの会話はどことなく中途半端に終わった。


 放課後、校門を出たところに、豊田さんが待っていた。俺に向かって、見事な営業スマイルで会釈しながら近づいてくる。

 横を歩いていた中ノ島は、何となく空気を読んだのだろう、「じゃ、また明日ね」と言ってその場を離れた。相変わらず、鋭い時は妙に鋭い奴だ。

「どうも、どうも、失礼します」

 俺の横に並んで歩き始める。スーツの男性がそばにいると、何となく目立っているような気がして気恥ずかしい。

「何ですか?」

「新城が行方不明です」

「えっ」

 思わず声に出る。

「その反応からすると、高梨さんも、彼女の消息はご存知ないですねぇ」

「……協会の人がどこかに連れて行ったのかと思いましたよ」

「それなら良かったのですがねぇ」

 下手な嫌味にマジレスを返された感じだが、喧嘩している場合ではない。

 豊田さんは、深刻な表情をしていた。

「昨晩、新城の自宅に明かりが点きませんものですから、携帯電話の方が圏外もしくは電源オフであることを確認し、緊急事態と判断して自宅を訪問したところ、不在でした。彼女の勤務態度は非常に真面目で、協会からの連絡が付かなくなるようなことは一度もありませんでしたからねぇ――」

 俺の顔をのぞき込む。

「……何か心当たりはありませんか? その、例えば――恋人と、こっそり旅行の予定を立てていた、と言ったような」

「……」

 俺の脳裏に浮かんだのは、昨日、押入れの中に隠れていたユイさんの姿だったけど、それを口に出すわけにはいかないような気がした。

 それに、たとえ昨日のことがあったにしても。ユイさんは勝手に消息不明になるような事は、しないんじゃないかとも思う。

「……特に、思い当たることはないです。すみません」

「そうですか……」

 豊田さんはいよいよ眉を寄せる。

「となると、『遊動体』が関わっている可能性が高いことになるのですが」

「え、どういう事です?」

「『遊動体』は、無意識の悪意集合体です。大抵は、意志らしい意志など持たず、普通の人間の心の隙間にランダムに入り込みます。ですが……」

 視線を前方の電信柱に移す。

 そこには「不審者注意!」の貼り紙があった。ここの所、よく見かけるものだから、その存在をあまり意識しなくなっていたけれど。

「この地域、最近、治安が悪いですよね。『遊動体』の濃度が濃くなっているんです。こういう場合、稀に、『遊動体』が一箇所に凝り、ぼんやりと意思に似たものを持つことがあります。彼らにとっての天敵――魔法使いを排除しようと言う意思を」

「じゃ、もしかしてユイさんはそいつに……」

「ええ、可能性はあります。ただ――」

 腕を組んで、腑に落ちない、という表情をする。

「意思を持ったところで、奴らは人間に物理的な干渉をできる存在ではない。魔法使いを、力尽くで攫っていくなんてこと、できる筈がないんですよねえ」

 そう言って豊田さんは、俺をちらりと見て、独り言のように。

「新城に、何か精神的ダメージを与える出来事でもあったのでしょうかねえ……」

 それは『高梨さん、知っているのでしょう?』とでも言いたげな表情に見えて、俺は、隠し事をしているという罪悪感に駆られる。

 豊田さんは、気付いているのだろうか。わからない。見透かされたように思ったのは、俺に後ろぐらい気持ちがあったからかも知れない。

 でも、俺だけのせいじゃない。言ってみれば、豊田さんも共犯だ。

「……まぁ、もともと、彼女の魔力は不安定ではありましたからね」

 取り繕うような調子で、そんな事を言い、ケータイで何処かにメールを打っている。

 俺がその手元を見ていることに気付くと、少し肩をすくめる。どうやらこの仕草は、彼の癖らしい。

「失礼。一応、本部の方に連絡を入れました。私では残念ながら、魔力の痕跡を辿ることさえもできませんので」

「……豊田さんの仕事を否定するようで申し訳ないんですけど」

 俺は少し、意地悪な気持ちになっていたのかも知れない。こんな質問をした。

「初めから、魔法使える人が監視役するとか、そもそも魔法使いは二人一組で行動するとか、安全対策徹底してればこんなことにならなかったんじゃないです?」

「それだけの人数、魔法使いが居るのなら、当然そうしますよ」

 豊田さんは即答した。

「魔法使いが生まれてくる数は、少ないのですよ。……思春期の不安定な少女を、たったひとりで『遊動体』に立ち向かわせなければならない程度には。そして、今も年々減少している」

 ふと――遠い目をして。

「もっと世間の人たちが、魔法を、不思議な力を、信じてくれるなら。魔法特区なんてものを作らなくても、それは自然に生まれてくるものなんでしょうけれどねぇ」

 メールを打ち終え、ぱたり、と音を立ててケータイを閉じる。

「そんな時代でもないんでしょうかねえ?」

 それは問いかけのように聞こえたので、俺は何と答えるべきか逡巡したが、適切な言葉が見つかるよりも先に、豊田さんはふたたび営業スマイルを浮かべた。

「まぁ、今のはただの独り言です、はい」

「……」

「そんな世の中ですから、私のような、魔法使いとしては落ちこぼれた立場の者にも、こうして仕事が回ってくるわけですよ」

 ははは、と営業スマイルを浮かべてみせるが、目が笑っていないのが俺にもわかるレベルだ。

 けれど、豊田さんの胸の内を、俺は知る由もない。

「何か情報があれば、私のほうにもご連絡頂ければと思います」

 豊田さんは名刺の裏に、自分の携帯番号を走り書き、俺に渡してくれた。

「私はとりあえず、支所のほうに戻りますので」

「……はい」

「それでは、また」


 豊田さんが立ち去った後、俺はしばらくその場に立ち尽くしていた。

 ――俺のせいだ。

 昨日。泣きそうな顔をしながらも、「もう帰らなきゃ」と言って、慌てて靴を履くユイさんに、俺は……。

「気をつけてね」だなんて、くだらない言葉しか、かけられなかった。

 それだけで十分だなんて、ちっとも思っていなかったのに。

 俺はどうして、あの時、彼女を抱きしめなかったんだろう……。


 翌日、火曜日もユイさんは無断欠席をした。


     ☆


「探しに行った方がいいんじゃないのかな……」

 放課後、ひどく心配そうな顔をして、中ノ島が言った。

 ユイさんが居なくなったタイミングから、自分が「家に押し掛けちゃえ」とか何とか、変なことを彼女にけしかけたのが一因ではないかと気にしているらしい。

 そう問われたとしても、俺は肯定も否定もできない。

 たしかにきっかけは中ノ島の勘違いではあったのだが、とは言え問題はそういった、ラブコメ的なものではない。うまく説明できない、というかするわけにはいかない状況が、俺としても、もどかしい。

「中ノ島のせいじゃないよ」

「でも、あたし」

「理由は色々あるんだけど、説明できなくて、ごめん。本当にお前のせいじゃないよ。どっちかというと……俺のせい」

 そう。

 ユイさんが不安な時に、助けられなかったのは、俺だ。

「ケータイには電話してみた?」

「してみたけど、電源切れてるか圏外」

「心当たりの場所とかは?」

「わからない」

「何か、あるでしょ? 一緒に行った場所とか、会話に出てきた場所とか」

「知らないよ!」

 少し声が大きくなる。

「俺は、中ノ島が思ってるほど、ユイさんの事を知らないし、親しくないし、助けなきゃならない時に助けられない程度の奴なんだよ」

「おいタカナシ。言い方がきつい」

 横から口を出したのは朽木だった。

「あぁ……ごめん。つい、いらいらして」

 中ノ島に当たっても仕方ないのは、わかってんだけど。

「……」

 朽木はそんな俺の様子をじっと眺め――。

「新城先輩の『仕事』ってのが絡んでるんだろう?」

 そう言った。

 私物らしきノートパソコンを机の上に出しており、ずっと何かを調べていたようだ。画面には検索エンジンと匿名掲示板のスレッドが見える。

「ああ……そんなところ、かな」

 どう答えたものか迷い、微妙に語尾を濁しながらそう言ったのだが、朽木はそんな俺を見やり、すっと視線をパソコンモニタに移しながら、まるで当たり前の事実を告げるかのように呟いた。

「魔法か」

「えっ!?」

 俺は心底驚いて、声を裏返らせてしまった。

 うわぁ、我ながらなかなか酷い反応。

 中之島が、不審そうな目で俺と朽木を交互に見る。

 うまい言い訳が思いつかない。俺は軽くため息をついた。

「……何で知ってんの? 俺、言わなかったよな」

「日本のどこかに『魔法』を使う団体があるらしいとか、どこかの街がひとつまるごとそのプロジェクトに利用されてるとか、ネットではだいぶ前から噂になってる」

 ……そうだったのか。

「とはいえ、洗脳だとか最終戦争だとか宗教だとか、デマとノイズで渾沌としていて、ほとんど都市伝説みたいな扱いになっている。完全に隠し通せるものじゃないなら、無駄な情報で埋め尽くしてしまえ、枝を隠すなら森にという方法なのだろう。上手い方法だと思う。でも、よくよく情報を洗えば、嘘ではない芯の部分も見えてくる。……僕くらいじゃないと、そこの判別は難しいだろうが」

 相変わらず自信家だなぁ、こいつは。

 しかし、なるほど。情報の撹乱か。

 それに加えて、魔法使いに口止めさせる魔法もかけてあるわけだしな。

「新城先輩の立場や経歴は、その情報に出てくる『魔法使い』とよく合致する。今までは状況証拠でしかなかったけど――」

 朽木はこちらを見た。

「いまのタカナシの反応で、やっと確信した」

「……秘密にしなきゃいけなかったんだよ」

「だろうな」

「ちょっとちょっと、何それどういうこと、何の話よ!」

 当然のことながら、中ノ島が横槍を入れてきた。

 腰に手を当て、有無を言わさぬ調子で。

「とりあえず、説明してもらえる?」

 ……はぁ。

 結局こうなる運命か。開き直るしかなさそうだ。

 豊田さんには申し訳ないことをした気がしないでもない。

 ただ……。

 これはそれこそ、子供の言い訳に聞こえちゃうのかもしれないけど。

 魔法の秘密を口外してはいけないという理由が、オトナの都合や外聞のためではなく、本当に「魔法使いの精神を安定させるため」だというのなら。

 ユイさんにとって、俺が信頼してる親友が秘密を知る事は、そう悪い事態でもないんじゃないかって、思う。


 ――俺は朽木と中之島に、『魔法使い』であるユイさんの話をした。


     ☆


「あたしは、魔法とか組織とか、そーいうのはよくわかんない」

 俺の説明を聞いたあとに、中ノ島はそう言いきった。

 この驚くべき秘密を、何とか分かりやすく、かつ簡潔に伝えようと言う俺の渾身の努力を、見事にスルー。

 実に中之島らしい言葉だと、俺はむしろ感心する。

「ただ、ひとつだけ確実にわかるのは……友達がどっか連れ去られたっていうなら、やっぱ助けなきゃだよ」

「どこに連れ去られたかわかんないんだってば」

 俺はため息を付く。

「あてがあるなら速攻で向かってるよ」

「んー……そーだよねえ」

 中之島も、さすがに返す言葉がない。

 どうしたもんか、と空気が淀みかけた時、朽木がぼそりと呟いた。

「……召喚」

「え?」

「召喚されるんだよな。お前は、魔法で」

「ん、ああ。そうだけど」

「つまり、お前と新城先輩って、テレパシーみたいなもので結ばれてるわけだ」

「そういう事になるのかな?」

「僕は知らない。だが、信じれば魔法が使えるのというのなら、お前がテレパシーだと信じれば、そうなるんじゃないのか?」

 何なんだ、その禅問答みたいな理屈。

 だが、微妙に筋が通ってるような気もする。

「そう考えれば、お前が新城先輩のことを強く思えば、お前から先輩にコンタクトを取れるのかもしれないじゃないか」

「魔法が使えるのはユイさんの方だよ。俺はふつーの人間」

「そうとも限らないだろう」

 朽木は、俺の顔をじっと見た。

「タカナシに出会う前、先輩が右京山公園で声をかけた男性は、嘘の電話番号を教えた……つまり魔法にはかからなかった。だが、直接会ったこともないお前は、見たこともない彼女からの召喚に応じた。相性みたいなものが、あるのだと思う。魔法が一方的な強制的な力なら、そうはならない。誰だって操る事ができる筈」

「偶然とか、体質とか、そういう問題かも知れないし……」

「相性も偶然も、体質も。全部ひっくるめて、人それを『運命の出会い』っていうのではないか――」

 朽木はそう……言った途端に机に突っ伏した。

「ちょ、どうした朽木?」

「……喋りすぎた」

「はぁ?」

「お前が鈍いからだ。柄にもなく語ってしまった」

 どういう意味だ?

 俺が首を傾げていると。

「ホントだよ、バカ眼鏡!」

「ぎゃ!」

 ばこっ。

 中之島に、本当にまるで容赦なく、背中をぶったたかれた。

「いってー! 何すんだよ、中之島!」

「朽木の言うとおり。アンタ本当に鈍いのね」

「はぁ?」

 俺は口ごたえしようとして……うまく言えずに、思わず目をそらした。

 そう言った中之島の表情が、妙に――何て言うんだろ、女の子、だったので。

「タカナシさ、新城先輩のこと好きでしょ?」

「え、いや……何でいきなりこのタイミングで」

「このタイミングだからでしょ。朽木はね。もうこうなったら、頼れるものは、アンタが先輩を想うその気持ちだけ、って言ってるんじゃないの!」

「……」

「照れること何度も言わせるなっつの!ほら」

 また、背中をたたかれたけど。

 今度のは少し、優しい。

「……祈るのよ、タカナシ」


 祈る――か。


 俺は、思った。

 助けるとか、悪者をやっつけるとか。俺には、そこまでの力はないかも知れない。

 いや、ないと断言できるだろう。俺はただの非力な人間だ。多分、戦う力に関しては、ユイさんよりも、中ノ島よりも低いって自信がある。

 でも……。

 ユイさんを悲しませないためには、本当は、そんな強い力なんて要らなかったに違いないんだ。

 もし、ほんのちょっと手を伸ばして、ユイさんに「大丈夫だよ」って言っていれば、彼女が『遊動体』に連れ去られる事なんてなかったのかも知れない。

 俺がもっとちゃんと自信を持って、「ユイさんは俺の大切な友達だ」って、言うことができていたなら。

 きっかけなんて、登校中に曲がり角でぶつかろうと、合コンだろうとナンパだろうと、魔法だろうと。本当はなんだって構わなかったんだと。

 彼女に出会えた事が、大切だったんだと。

 そんな当たり前の気持ちを。


 ……伝えられないまま、会えなくなるのは、嫌だ。


 俺は祈ってみた。

 神様とか奇跡とかはないと思うんだけど。

 朽木が言ったように……俺にも少しばかりの魔法が使えるものならば。

 魔法使いと使い魔の関係が、ユイさんから俺への一方的なものではないのなら。

 祈る事で、原子ひとつ分でも、何かが良い方向に変わるかも知れないなら。


 俺は祈ってみる。

 ユイさん。

 気付いたら返事してくれよ!


 ……すると。

 ……信じられないほど見事なタイミングで。

 ポケットの中の携帯電話が、鳴った。


     ☆


「タカナシ! 電話っ!」

 中ノ島が馬鹿みたいな大声をあげた。

「いっ、言われなくてもわかってるよ!」

「まぁ落ち着け」

 朽木が、机につっぷしたまま、ぼそっと茶々を入れる。

「焦って受話器を取ったら『てんぷらそば2つお願いします』なんて言われるのは、漫画ではよくあるパターンだ」

「いや、それはない」

 液晶画面の発信者名を見るよりも早く、俺は確信していた。

 召喚されるときの、背筋がぞくっとする魔法の感触がある。

 これは、ユイさんからの電話だ。


「ユイさん?」

『レイジくん?』

 受話器の向こうからは、予想通りユイさんの声が聞こえた。

「ユイさん、今どこに……」

『良かった、やっと電話できた』

「『遊動体』がいるの?」

『うん、ああでも』

 梢のざわめきのような音。くぐもった車のエンジン音。

 どこだろう?

『だめ、見つかっちゃう、もう時間が』

 ……ユイさんの声にかぶさって、何か気になる音が聞こえた。

 電話の向こう、遠くからかすかな、聞き覚えのあるメロディ。

 あれ。この曲……?

『レイジくん、たすけて』

「ユイさん!」

 ぷつり。

 通話はいきなり途切れてしまった。

 すぐにリダイアルしたけれど、「電波の届かないところにいるか、電源が入っておりません」というメッセージが流れてきただけだった。

 だけど。

 ひょっとすると、これなら。


「タカナシ? いまの新城先輩だったの?」

 中ノ島が訊いてきた。

「ああ。助けてって」

「今どこに居るのか、わかった?」

「それを聞く前に、電話の電源切られるか、壊されるかしたみたいだ」

「それじゃ……」

「でも、大丈夫だ」

 俺は言った。

「電話の後半、ユイさんの声の向こうで音楽が聴こえた」

「音楽?」

「ああ。おいしいパンで、みんながニコニコ♪」

 調子外れの声で、歌ってみせる。

 俺たちみんなが知ってる、微妙なコード進行とメロディ。

「――あれは『まつみや』の車がいつも流してる、パンのテーマソングだった」

 それを聞いて、朽木が勢いよく顔を上げた。

「朽木。わかるよな」

「ああ」

 黒板の上にある、時計に目をやる。

 放課後、四時二十五分。

「まつみやの車は、いま、本店への帰り道」

 朽木は時計を見るなり、間髪を入れずに断言した。

「人気のない用水路沿い。あの辺りには、空き倉庫が何軒かあった筈。そこだ」

 すげえな、朽木。

 身の回りの、世界中の、ありとあらゆるデータを集めて記憶する男。それはもう、近所を巡回するパン屋のルートさえも、完璧に。

「朽木。あんたって……かっこいいじゃん」

 中ノ島が、感心したように言った。

「今の――魔法みたいだった」

 朽木は、中之島からひょいと目をそらして眼鏡の弦をいじりはじめた。

 照れているのかも知れない。

 その様子が妙に面白くて、俺はすこし笑った。

 そうだな。まるで魔法のようだ。

 きっと、魔法なんて、そういうものなのだ。


「とにかく、俺はそこに行ってみるよ」

 そう言い残し、すぐにでも学校を飛びだしたい気持ちだったけど、かろうじて踏みとどまり、二人のほうを振り返った。

「お前らも来る?」

「あったりまえじゃん」

 むしろ質問されたのが心外だ、って顔で中ノ島は言った。

 ま、そうだよな。

 一方、朽木は、立ち上がりながらまず俺に尋ねた。

「新城先輩の仕事仲間みたいな人はいるのか」

「ああ、上司って言うか監査役っていうか……一応、知ってはいる」

「連絡したほうがいい」

「いや……それは……」

 豊田さんが来ると、むしろ面倒な事態にならないだろうか。俺は不安になり、言葉を濁した。

 朽木は俺の様子を見て、何となく事情を察したようだった。少し考えているようだったが、それでも結局、

「だが、来てもらったほうがいいんじゃないか、と思う」

 そう言った。

「面倒な事になった時、責任を押し付けられる大人が居たほうがいい」

「……なるほど」

 それに、最終的に、豊田さんに報告しないわけにはいかない話だしな。

 俺は歩きながら、ポケットに入れたままの、豊田さんの名刺を探した。

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