屋上
翌朝、登校中。
珍しく早起きできたので、いつもより少し早い時間にのんびり通学路を歩いていたら、遠くからちょっと間の抜けた童謡調のオルガン曲が聞こえてきた。
「おいしいパンで みんながニコニコ♪」
あ、まつみやだ。
通学路から一本それた路地に入る。
そこには、見慣れた移動販売車が、徐行をしていた。
「地域のほのぼのベーカリー まつみや」
黄色い車体に、パンを擬人化したイメージキャラクター「まつみちゃん」のイラストとともに、そう朱書きしてある。
ちなみに、「まつみちゃん」は、チョココロネをたてロールの髪に見立てた萌え美少女キャラ……のつもりらしいのだけど、店主のイラスト技術が微妙なせいで、せいぜいゆるキャラ止まりの残念なビジュアルだ。
さらに、車のスピーカーから流れるオリジナルソング「レッツゴー☆まつみや」も店主の自作で、微妙なコード進行が一度聞いたら忘れられない破壊力を醸し出している。
そんな一面もあるとは言え、まつみやは基本的に「ご近所で評判のパン屋」だ。
味がいいのは当然として、それに加えて時間におそろしく几帳面なのがポイント高い。朝と夕方に町内を移動販売車「まつみや号」で巡回しているのだが、ほぼ分単位、下手すりゃ秒単位で、今どこを走行中か予測することが出来るくらいの正確さで走行している。
お陰で、1分を争うような朝の慌しい時間帯でも、同じ場所・同じ時間で確実に、昼飯用の菓子パンが購入できるってわけで、通勤途中のサラリーマンに重宝されているらしい。もう少し学校の近くも重点的に巡回してくれたら、言う事ないんだけど。
朽木なんかは殆ど完璧に、巡回ルートと時間をデータ化してたと思うが、俺はそこまで覚えたり狙ったりはせず、偶然車を見つけたら買う程度だ。
「おお、きみか。いつものチョコチップクリームメロンパンかい?」
松宮さんが声をかけてきた。パン屋の小父さんってこうだよね、という姿を具現化したような、ふくよかな顔立ちの気立てのいい中年男性。何度か買い物をしたら、俺の好みのパンをすっかり覚えられてしまった。
「あ、うん。いつものそれと……」
俺は少し考えて。
「あと、いちごデニッシュもひとつ下さい」
と、付け足した。
☆
「タカナシ、調べたぞ」
いつものように登校して教室に入ると、朽木が本を読みながら、「おはよう」よりも先にそう言った。
「ん? 何を?」
朽木は手にしていた小難しそうな文庫本に栞を挟み、そっと机に置き、俺を見上げた。
「二年二組の新城結意について」
「おお!」
俺が気にしている様子だったので、データを集めていてくれたらしい。……いや、別に俺を気遣ってのことではなく、朽木が個人的に気になったから、勝手に調べ、ついでに俺にも教えてやるか、くらいの気分なのかもしれないが。
「おはよっ、めがねーず。昨日の話の続き? ……何よぉタカナシ。面倒なのが来たって顔しやがってー!」
中ノ島がのしのし近付いてきて、俺の首を締める真似事をした。真似って言ってもけっこう苦しい……。しかしこいつは言動がガサツなようでいて、時折案外鋭いんだから困ったもんだ。
まぁ、隠すことじゃねーし、構わないけど。
「何かわかったのか?」
「割と興味深いな」
眼鏡の弦を指でいじる。朽木が面白がっている、あるいは集中している時の癖らしい。コイツは基本的に無表情で無感動な奴なので、こういう微妙な部分からその感情の機微を汲み取ってやらなければならない。
まぁ、中ノ島のように、大して汲み取りもせずツッコミ入れてくる相手もいるし、それでも本人は一向に構わない様子なのだから、あるいは汲み取り損って奴なのかも知れないけれど。
「新城結意。先月転校してきたというのは昨日も言ったが、その前までどんな学校に通っていたのかがわからない」
「本人に訊いたら内緒にされたってこと?」
「学校のデータベースを閲覧したが、書かれるべきそれらの情報が空欄だった」
「そんなの自由に見ていいのか」
「よくない。無断で見た」
おいおい、という気分になったものの、自分が頼んで調べてもらったようなものではあるので、そのささやかな違法行為には眼をつぶることにする。
「どうも、かなり辺鄙な田舎から引っ越してきたようではある」
「そうなんだ? その割には、特にどっかの方言っぽい喋り方じゃないよな」
「最近の子、そんなに訛ったりしないんじゃない?」
中ノ島が言った。
「田舎っぽくて恥ずかしいとか思ったりしてさ」
朽木はかぶりを振り、
「説明は付くかもしれないが、すっきりしない」
実に嫌そうな顔で、そう言った。
彼にとって、情報が思うように手に入れられないというのは、俺が想像する以上に不愉快なことなのだろう。
「それと、彼女は仕事をするために、時たま学校を欠席・早退しているらしいが――」
「へー、学業と仕事を両立なんだ。すごいじゃん」
中ノ島は感心しているようだ。
「どんな仕事なの? 芸能人とか?」
「いや、そういう派手なのではない。職場として登録されているのは『公益法人・間木記念社会福祉協会』と言う。社会福祉事業に携わっているという事になっていて、ちゃんと法人登録もしている。しかし、正体が微妙に曖昧模糊としている。学校が公欠を許可するような団体なのだから、それなりにちゃんとした所だろうが、ホームページもないし、電話番号も本部の大代表経由のものしかわからない」
不満そうにため息をつく。
「ゴシップや噂の類を収集して精査すれば、もう少し踏み込んだ事も判るとは思うが――結局、一日で入手できた情報はそのくらいのものだった」
「ふーん。結局、何もわかんなかったのとほぼ同じじゃん」
中ノ島が遠慮なく言い放つ。
「いや、中ノ島。昨日の今日でここまで調べるってのはそれなりに凄いぞ?」
「でも、朽木が自分で不満がってんじゃない。あたしがお世辞言っても仕方ないでしょ。正直な感想を言うのは、朽木のためにもなるってもんじゃない?」
「んー、まぁ……」
その理屈はわからないでもないんだけれど。
俺が、中ノ島や朽木と初めて出会ったのは、高校に入学してからのことだ。まだまだ、知り合って日が浅い。
だから俺は、それほど朽木の事を理解しているとは言えず、よって、今の彼が怒っているのか困っているのか喜んでいるのか、繊細な判断というものを下すことが出来ず、ついつい、口をつぐんでしまう。
中ノ島は、そういう細かい気遣いってのをあまりしない、ように見える。
俺はそういう所が、ハラハラするけれど、実はそれほど嫌いではない。
そもそも、クラスの変人ポジションとして、誰とも口をきかず本ばかり読んでいた朽木と友人になれたのも、そんな中ノ島の大雑把な言動がきっかけだったわけだが――。
それはまた別なお話って奴。
中ノ島にツッコまれた朽木は、苦い顔をしたまま、それでも特に怯んだ様子はなく喋り続ける。……こいつ、ずけずけ物を言われることを、それなりに楽しんでいるのかもしれないと思う時がある。
「いや、わかったことはある」
「何がわかったの」
「二年二組の新城結意センパイは、謎めいた人だ……ということが」
「はぁ?」
「僕が調べて正体がわからないなんて」
「随分自信あるのね」
「当たり前だ」
きっぱりと言い切る。が、何故言い切れるかの説明は特にない。
……朽木にも、それなりに変わった正体や背景がありそうではあるよな。
とは言え、それはどんな人だって、多かれ少なかれ、謎の正体くらいのものは隠し持っているもんなのかもしれないな。
「漫画みたいな話だよねー」
中ノ島が、くすくす笑いながら言った。
「正体が実は超能力者とかロボットとか魔女とかいう展開なら、面白いのに」
あはは……。
俺は中途半端に笑うしかなかった。
そこでホームルームの開始を告げるベルが鳴り、俺たちはそれぞれの席に戻っていった。
☆
昼休み。
今朝「まつみや」で買った菓子パン二個と、紙パックのいちごジュースを持ち、俺は三階へ向かった。
うちの学校は、一階が職員室や校長室、二階が一年、三階が二年、四階が三年の教室という構造になっている。つまり、俺が向かっているのは二年生の教室、具体的に言えば二年二組。
学校でのユイさんの様子でも見に行こうと思ったわけだ。
一緒に昼飯でも食いませんか? くらいのことを言ってもバチは当たらないだろうとは思う。思うのだけど、そこまでの勇気が俺にあるかと言われると怪しい。結局のところ、ちらっと教室を覗いて、ユイさんの姿を確認し「ああ本当にうちの学校の生徒なんだなー」と得心してそっと自分の教室に戻る……くらいが関の山だろうって気がしていた。
ところが。
廊下の隅の方から通りすがりを装いつつ、ちらちらと二組の室内を眺めていたら、うっかり知らない女生徒と目が合ってしまった。
「誰かに用事?」
女生徒はこちらに向かって、やや大きな声で質問した。同時に周囲の生徒達数名の視線がこちらに向く。
逃げられない雰囲気になってしまった……。
仕方なく、教室の入り口前にまで歩み寄った。
「はい。あの、えーと、ユ……新城先輩はいらっしゃいますか」
『ユイさん』と言いそうになり、慌てて敬語で言い直したので、噛みそうになる。
そういえば、ユイさんは上級生なんだった。
小さな身体と、可愛らしくてどこか幼い仕草につられて、つい最初からタメ口で話しかけてしまっていたので、忘れかけてた。
まぁ、別にユイさんへの口調を変える気はないが、初対面の先輩の前で「ユイさん居る?」では何かと問題があるだろう。
女生徒は少し、周りを見回す仕草をして見せてから、
「教室にはいないみたい」
と言った。
それから、こう付け加える。
「あの人、あまりクラスで話とかしないし、休み時間はどこかに出て行く事が多いから。ひとりが好きなんじゃないのかな」
ひとりが好き? そうだっけ。
俺のイメージとはちょっと違うけど。
それに、この女生徒が「あの人」と言った時、俺の思い過ごしかもしれないけど、少し冷たい感じだったのも気になったりする。
ユイさん、クラスであまり上手く行ってないのだろうか?
「新城さんに何か用事? 伝言あるなら、伝えておくけど」
「あ、いいです。急ぐ用じゃないので」
俺は手を振って頭を軽く下げ、二年二組の教室をを離れた。
立ち止まって、少し考える。
そのまま、自分のクラスには戻らず、階段をあがる――。
☆
軋む扉を開くと、コンクリートの地面に座って、ちょうどお弁当を広げようとしていたユイさんと目が合った。
「あ、やっぱりここだった」
「ひゃ! ……レイジくん?」
心底びっくりした表情だ。お弁当袋を落としそうになって慌てている。
『やっぱり』なんて言い方をしてしまったけど、正直言うと俺の方もけっこう驚いていた。本当にここに居るとは、実のところあまり思っていなかったから。
ともあれ。この状態で『特に用はないんで』と引き返すわけにはいかない。
俺は思い切って言った。
「一緒に昼飯、食いませんか」
校舎の屋上。
不要な備品が、埃まみれの段ボールに詰め込まれて放置されている踊り場。その先にある鉄の扉には「施錠中 立入禁止」と書かれた紙が貼ってあり、鍵が壊れていて出入り自由になっていることは、おそらく年度末の大掃除の時くらいまでは、知る人ぞ知る秘密であってくれるだろう。
クラスで居心地が悪く、どこかでひとりになりたいと思ったのなら、ここは最適の場所だろうと思ったし、ユイさんならここに気付くかもしれない、という予感があった。
少しの冒険心があれば、気付くことの出来る聖地。
――夏休み前頃までは、俺も時々、ここに来ていた。
俺の場合は、中ノ島と朽木のお陰で、ここは徐々に不要になって行ったのだけど。
心地よい風。
校庭の方から、生徒達のざわめきと歓声。
遠くの道路から、車の音もかすかに聴こえる。
周囲は、高いビルなどほとんどない住宅街だ。屋上フェンスの向こう側にも、上空にも、ただ青空が広がっていて、視界を遮るものはない。
俺とユイさんは、コンクリートの床の上に座って、昼飯を食った。
俺は菓子パンとジュース。ユイさんは、お弁当。手作りらしく、おにぎりやたまご焼きの形は少々いびつだったが、その辺りは見ないフリ。
ユイさんの短い髪が、風にそよぐのを何となく眺めながら、俺は言った。
「ここ、気持ちいいよね」
「……なんで?」
「ん?」
ユイさんはたまご焼きをフォークに突き刺したまま、俺を見た。
「何で来たの? 私、呼んでないよー?」
「呼んでなきゃ来ちゃ駄目だったかなー」
俺はかすかにむっとした顔をしたかもしれない。ユイさんは途端に焦ったような顔をして、違う違うと手をぱたぱた振り回した。……たまご焼きが落っこちた。勿体ない。
「そんなんじゃないの。でも、私、あなたのこと『召喚』してないのに」
「別に魔法で呼ばれなくても、どこにいるか気になれば探すだろ」
「んー……でも」
「ユイさん、さぁ」
あんまりツッコんだらまずいのかな、と思いつつ、俺は訊いた。
「ひとりが好き?」
「え?」
「俺が隣でメシ食ってたら邪魔? 俺は用事で呼ばれた時だけ現われて、用事を終えたらさっさと消えたほうがいいのかな」
「そんな風には思ってないけど……」
ユイさんは、少し俯いた。
「でも、学校で」
「学校?」
「あ、この高校じゃなくて。ここに赴任してくる前に通ってた、魔法の専門学校で」
ユイさんは俯いたままでぼそぼそ喋る。
「不必要に、魔力を持たない者との交流は、深めないほうが望ましい。情が絡むと魔法が効き辛くなる、って、習ったから……」
そう言った後で、口元をおさえて。
「……こういう話も、しない方が良かったのかな」
「んー。俺に話したのバレたら、罰せられる?」
「そういう決まりは特にないよー。少なくとも『召喚』の関係になった相手には、ある程度の事情を説明しなきゃいけないし。ただ……」
ユイさんは自嘲気味な笑みを浮かべた。
「決まりとか特になくても、フツーの魔法使いはもっと、プライド持ってるっていうかさー。魔法使いは特別だし、使えない人より上だしって意識で割り切って仕事してるから。魔法使えない一般人ごときに――あ、ごめん。これは他のみんなの言い方なんだけど――レベル合わせて会話する必要ないって感じで、そもそもこんな話、する事ないみたい。そういう暗黙の了解で、秘密が守られてるって感じ」
空を見上げながら。
「私、おちこぼれなんだよねー、微妙に」
ひょっとして涙をこらえているのかもしれない。
「魔法、あんまり得意じゃないし。魔法使えない人のことも、自分と違う種類の人間とは思えないし。でも、今さら魔法向いてないって思っても、後戻りできなくてさー。とりあえず誤魔化し誤魔化し何とか課題クリアして、何とかこうやって『外』に赴任させてもらえたんだけど」
溜め息。
「『外』に来たら来たで、知らない人たちと知らない街に囲まれて、本当に私、これからうまくやってけるのかなーって、そういう」
「んー……」
「ごめんね、質問の答えになってなかったねー。罰せられはしないと思うから、その点は安心して。ただ、フツーの魔法使いの子は、魔法使えない人に、こんな話をするもんじゃないんだ。多分、私がちょっとおかしいんだろうね」
「……んー……」
俺は、魔法とかそういう話には、何と答えればいいのかわからず。
どんな言葉が、ユイさんを慰められるのかもわからず。
本当は、ただ無性に、彼女の頭を撫でてあげたくなっていた。
わしゃわしゃってさ。
そんで、「大丈夫だよ」って言いたかった。
無条件に。
何も考えずに。
ユイさんを肯定してあげたいと思ったんだ。
だけど。
そんなことをして嬉しいだろうかとか、変な風に誤解されないだろうかとか、お節介に思われないかとか、先輩に対して頭わしゃわしゃって失礼に当たらないだろうかとか……ごちゃごちゃ考えて躊躇しているうちに、なんとなくタイミングを逸してしまった。
ただ、ふたりして黙って、空を眺めて座ってた。
数分の空白の後。
「……あのさ」
沈黙に耐えかねて、俺の方が口を開いた。
「魔法とか良くわかんないし、ユイさんが自分で自分を駄目な奴だと思ってるのを止められはしないけど。俺にとっては、ユイさんの召喚や結界って奴、すげえと思うし面白いと思うし、世の中の役にも立ってるんじゃないかなって思う」
「俺はそう思う」じゃ、何の慰めにもならないかも知れないけど。
「それに、たとえユイさんが魔法使いじゃなくたって、俺とか俺の友達とか、ユイさんのクラスの女子とかと、メシ食ったり遊んだり、楽しく過ごすことはできるんじゃね? というか、それが俺たちにとっての『フツー』なんだからさ」
「……魔法使いじゃないのは、ちょっと困るな」
あまり不安そうな声でそう言われたので、俺は慌てて、
「ああ、いや。魔法使いでいるのは勿論それでいい。ただ、魔法使いの『フツー』になれなくたって、自分の居場所みたいなのは、それなりに見つけられるっていうか、あー」
頭を掻く。
「うまく言えないんだけどさ……」
うまく言えるどころか、ユイさんの触れられたくない所に踏み込みまくって嫌な思いをさせてるんじゃないかという気がしてきた。
ユイさんは、俺の方をじっと見ている。
もう泣いてはいない。照れたような、不思議そうな、困ったような、嬉しそうな、何とも表現しようのない顔をして。
「レイジくん、私」
何か、言おうとしたのだけれど。
チャイムの音が、階下から聴こえた。
「きゃ、もう昼休み終わり!」
ばねでも付いているかのように、ユイさんは飛びあがった。
「教室に戻らなくっちゃ!」
「大丈夫だよ、今のは予鈴。あと五分――」
「レイジくん」
駆け出しそうになりながらも、ユイさんはこちらを振り向いて。
「――ありがとね」
そう言って笑った。
変な話をしちゃったせいか、それが何か欠けているような笑顔のような気がして、落ち着かない。
俺の方からも何か言わなくちゃ、と思ったけれど。次の瞬間には、ユイさんは俺の傍から離れていた。
ユイさんが屋上を降りていくのを眺めながら。
仕方ない、俺も教室に戻るか……と、のろのろ歩いていると、視界の端に黄色いものがちらりと映った。
あれはさっき、ユイさんが落としたたまご焼きだ。
丸っこい形をしていたので、フェンスの近くまで転がって行ってたらしい。
俺はのそのそ歩いて、それを拾いに向かった。別にボランティア精神に目覚めたというわけではない。あのままにしておいたら、虫が湧いたり腐ったりカラスが飛んできたり……平穏な屋上ライフの妨げになるだろうと判断したのだ。
ひょいとたまご焼きをつまみ、そのついでに、何気なく、フェンスの下を眺める。
何てことはない、いつもの昼休みの校庭。
既に無人の校庭の隅に目をやると、ひとつだけ動く人影があった。
スーツの男だ。
黒っぽいスーツの男が、ちょうど今、校門から外に出て行こうとしていた。
(どことなく、見覚えがある……)
右京山公園で、ガラの悪い連中と話していたスーツ男と、似ているような気がする。
……とは言え、この距離からでは断定できない。そもそも「用事で学校に来るスーツの男性」なんていくらでも居る。
第一あの男性、真っ昼間に普通に正門から堂々と出入りしている。何かしら『怪しい奴』なら、そんなノーガード極まりない行動は取らないだろう。
だから、俺はとりあえず、深く考えるのをやめて、教室に戻った。
……パン屋の袋の中に、いちごデニッシュがひとつ残っている。
あわよくば、ユイさんに分けてあげようかなぁなどと思って、普段は買わないような可愛いパンを買ってしまったのだけど、まぁ見事に予想通り、そんな勇気もタイミングも逸したまま、昼休みが終わってしまった。
俺はいつも、こんな感じだ。
……仕方ないね。
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