第2話


担任の適当な指示から始まったホームルームではあるが、このご時世には珍しく、僕の好みの黒髪を有する夏希さんと会話をするいい機会となった。


「あ、あの………その……名前、聞いていい?」


彼女の言葉に、僕は笑顔で頷いた。


「うん、もちろん。僕の名前は池田謙吾。まあ、皆からは謙とか、池田って呼ばれてる。好きな方で呼んでくれたら嬉しいかな。」


「そっか。じゃあ、謙君って呼んでいいかな……?私は…さっき言ったけど、山本夏希っていうの。その、よろしくね……」


引っ込み思案な性なのか、彼女は時々言葉に詰まっていた。


「うーん、じゃあ夏希さんでいいかな?よろしくね…………。」


「うん………」


「…………………………………………」


僕達の間に、沈黙の風が吹く。


タイプな女の子であったため勢い良く話しかけては見たものの、元来僕も人と関わるのは苦手な質なので、どうしても一言二言で会話が途切れてしまう。


「……………………趣味とかってある?」


考えに考えた末、出た言葉はそれだった。


「うーん…、私、いろんなことが苦手で……、だからあんまり趣味とかはないんだけど……強いて言うなら、その……………アニメとかの…鑑賞かな……」


「そっか、僕も結構アニメ好きなんだ。メジャーなアニメじゃないんだけど、深夜枠のアニメとかよく見るかな。夏希さんは、どんなのが好きなの?」


____想定していた答えとは違ってはいた。もっとこう、根暗なタイプの人は読書なんかにハマるものだと思い込んでいた。


しかしながら、夏希さんが自分と共通の趣味を持っていたことに喜々とした僕は、半ば興奮気味に彼女に詰め寄って、アニメの話を試みる。


「うん……その、私も同じ感じかな……皆に人気な戦闘ものとかは、なんていうか、少し苦手で……」


「分かる分かる!激しい戦闘物とかって、どうしてもワンパターンになりがちで先が簡単に予測できるから、僕も嫌いなんだ!夏希さんの気持ちすっごくわかる!」


夏希さんが、若干引き気味なっている事などお構い無しに、熱が入ってしまった僕は、自分の趣味について語った。


「うん………その、私も分かるよ。………でも、その………近い………」


ついつい周りが見えなくなってしまった僕は、彼女の言葉で我に返った。


「あっ………ごめん……」


そんな興奮していた僕を、周りの女子達が、まるでゴミを見るかのような目で一瞥する。


「気持ちが分かるなら、夏希さんが困ってるの気づいてあげれば?いつも根暗なくせに、気もち悪い。だからあんたモテないのよ。そこそこいい顔してんのに、勿体ない。他の人と中身交換しちゃえば?」


「ほんっと気持ち悪い…」


終いには、そんな言葉で周りの女子達から集中砲火を浴びてしまう。


「ごめん…夏希さん………」


僕は夏希さんに頭を垂らした。


その場の雰囲気に耐えきれなくなった僕は、彼女に再び頭を下げる。そして自分の世界に入り込もうと、鞄から本を取り出した。


そんな様子を見て可哀想に思ったのか、夏希さんは小さな声で、僕に話しかけてきた。


「大丈夫だよ………気にしないで。私も同じことよく言われるから。」


彼女の言葉に、さらにバツが悪くなってしまった僕は、本を手元に置き、さらに謝罪を重ねた。


「気を遣わせてごめん……もう無視しちゃって大丈夫だよ。」


僕の言葉に、夏希さんは、小さくはあったが首を横に振る。


「そんなんじゃ無いよ。私、いつも暗いから、話し掛けてきてくれて嬉しかったよ?私こそ、慣れてなくて尻込みしちゃってごめんなさい。……その、これでおあいこ………ね?」


そう言って、彼女は微笑んだ。


「________ッッ!!」


女子に対して、免疫を持っていない僕は、たったそれだけでも顔をひどく紅めてしまう。


「その、ありがとう…」


僕が返せた言葉は、ただのそれだけだった。



________________________




「ほい、じゃ明日テストもあるけん、あまり寄り道せんで帰るように。初っ端から赤点とったやつは、もちろん補習あるからな。それじゃ、解散____」


始業式や委員決めなども終わり。二学年の初日は幕を閉じた。


明日からはテストがあるというものの、僕達田舎民は、大抵どこかで道草をして家に帰る。


友人と遊ぶ者、部活に熱中する者、はたまたカラオケで歌に興じる者。都会のような切り詰めた進学校が少ない田舎では、勉強という二文字がどこか縁遠いものになりがちである。


「皆、勉強しないんだ…………」


____東京という大都会から来た夏希さんは、ひどく驚いていた。


「まあ、そんなに競争厳しくないし、高校って言ってもそんなに数がないから。どうしても中学校の延長になっちゃうんだ、うち。だからみんな各々好きなことやってるよ?」


僕がそう言うと、夏希さんは何故か、目をキラキラと輝かせていた。


「ん?どうしたの?すっごく感心してるように見えるけど……」


「うん……私が前いた学校では、皆頭の中に勉強しかなくって……こんなに皆がのびのびしてるとこなんて無かったから………すっごく羨ましいなって。」


「そうかな?むしろみんな勉強しなさすぎて大丈夫かなって思うんだけど………都会の高校生って、みんな遊んだりはしないの?」


「うん……特に平日とかは……みんな塾とかに行ってるかな。だからみんな顔が険しかったの。ここの人は皆優しい顔してる……」


彼女はそう言って、にこやかに頬を緩めた。


話が続かなることを恐れた僕は、どうにか会話を続けようと模索する。しかしながら、特に思いいったことが無かったため、転校生にありがちな質問を投げかけることにした。


「そう言えば、何で夏希さんは東京から引っ越してきたの?親御さんの都合とか??」


僕がそう言うと、彼女は少し困った顔をした。


「うーん、なんていうか…お父さんは東京で今も働いてるから、お母さんと二人で八代にきたの。ちょっと病気にかかっちゃったことがあって……それで引っ越してきたの。なんか、変な理由だよね…」


「そっか、大変だったね…」


____ 何故病気で八代の学校に転校する必要があったのか。ひどく疑問には思ったが、詮索するのは心持ちが悪かったので、それ以上の追求は止すことにした。


「………………………………………」


「………………………………………………」


暗い会話が原因か、しばらくの間、僕達の間に気まずい空気が流れる。


「あ、そうだ。夏希さん、この後どうするの?やっぱり残って勉強したりする??」


このままでは、思い空気に押しつぶされそうになったので、僕は話題の転換を試みる。


夏希さんは人差し指を唇におき、首を曲げながら、少しの間考え込んでいた。


「うーん……今日は家に帰ろうかな……今日は家で勉強しようと思う…」


別に何処かに誘うつもりでも無かったが、期待はずれな答えをもらった僕は、彼女の言葉を聞き、そろそろ帰ろうかと席を立った。


「そっか。うーん…なら僕も帰ろっかな。」


____本当のところ、もっと夏希さんと会話がしたかったが、彼女の勉強の時間を削ってはいけまいと、僕は帰宅の路につく準備をする。


教室を出る手前、僕は彼女にはにかみ、手を振った。


「あ、帰り道気をつけてね。明日からテスト頑張ろうね。それじゃ、また明日。」


僕がそう言うと、彼女は手を振るでもなく、困ったような顔をして僕の顔をじっと見てきた。


「あ、あの………」


「ん?どうしたの?」


「その………………………………」


夏希さんはしばらくの間、人差し指をツンツンと合わせ、もじもじと何かを言おうとしていた。


余りにもその間が長かったが、夏希さんは何かを躊躇してるのだろうと思い、僕は彼女の言葉を待った。


「ちょっと、お願いいいかな……………」


思わぬ言葉に、僕はついつい目を見開いてしまった。


「うん、いいけど。………何?」


断る理由など勿論ないため、僕は彼女の願いを聞き入れることにした。


僕の言葉に、彼女は意を決したように、あわあわとしていた口を一度閉じ、徐ろに再び開いた。


「そのね、恥ずかしい話なんだけど、私、今日ここまで車で乗せてもらってきたから……、帰り路がその……分からないの……。私の家、古閑中町ってところみたいなんだけど、それも何処か分かんなくって……教えてくれたら嬉しいかなって…」


そう言って、彼女は懇願するかのような目で僕を見てきた。


____神様が降りてきた。僕の住む家は幸運なことに、その古閑中町にあるのだ。


僕の答えは、無論決まっていた。


「うん、もちろん。僕も古閑中町に住んでるから……。もしよければだけど、一緒に帰る?」


僕の返事に、彼女は満面の笑みを浮かべた。


「うん。ありがとう。助かる…。それじゃあ、一緒に帰ろう。」


________この時、僕の童貞のチョロいハートは、コロッと彼女へと傾いたのであった。

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僕はAIに恋をした。 たけるんば@ @Takerunba612

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