ある鍵の話
秋空 脱兎
ある鍵の話
「……」
図書館に来た。植物図鑑が借りたかったのだ。
「……ちがう、これもちがう……」
図鑑の棚を探したが見つからなかったので、司書さんに調べてもらった。借りられていなかった。
「……ちがう」
そうしたら、今、目の前にいる人間が持っていったのだろう、と言った。だから、来た。
目の前の人間は、男だ。少年から青年の間くらい。鎖骨の間あたりに、この国の人間特有の、ハート型の鍵穴が付いていた。しかしそれは、黒錆でどす黒くなっていた。
男は、長いテーブルの前に座っていて、先程から、テーブルに山の様に積まれた本と戦っていた。といっても、山の一番上の本を手に取り、ペラペラと捲ってはちがう、とか、これもちがう、とか言っては取った山の左側にそっと移す、これを繰り返していただけだったのだが。
「……」
黙って見ていると、
「……なんだい?」
男はこちらに気付いて、気だるげに言った。 「……×××××っていう植物図鑑、持っていってない?」
「……ちょっと待ってて……」
男はそう言って、捲り終わった本の背表紙を指差し確認をしながら調べ始めた。
しばらくして、
「あっ、あった」
男は、探していた図鑑を見つけた。山の底の方にあった。すると男は、その本を引き抜こうとした。
「あっ…やめて、それ以上いけな」
「よいしょっと」
忠告を聞かずに引き抜いた。
当然、その上の本が雪崩を起こした。
「あっ、ああぁ……」
男が、情けない声を上げた。二回目だが、当然である。
「はぁ……。あ、はい、これ」
男が図鑑を差し出してきた。受け取って、
「あの、何を探しているのですか?」
そう、質問した。男は、
「……鍵を探しているんだ」
「鍵……ですか」
「うん……。やっと、やっと見つけたんだ……なのに……本に挟んで、そのままここに返してしまったんだ……自業自得だ……それを探しているんだ」
「そうだったんですか」
そう答えた。特にどうとも思わなかった。
「図鑑、持っていきますね」
そう言って、踵を返した時だった。
「あぁ、そうだ……。俺みたいになるなよ?なったら、面倒だ。後戻りも、出来なくなるかもしれない……俺みたいに、なるなよ」
男が、そう言った。
「そうですか」
何を言っているのか、分からなかった。
「ねぇ、お嬢ちゃん。君だよ、君。植物図鑑持ってる」
振り向いた。そこにいたのは、女だ。
少女と女性の間くらいで、旅人なのだろうか、砂ぼこりの様なカーキ色の丈夫そうな、ポケットが四つ付いたジャケットを着て、黒い、これまた丈夫そうな長ズボンを履いて、丈夫そうなブーツをその下に履いていた。さらに、腰に巻いたベルトの腰の両側に、それぞれ一振りずつ、剣を吊っていた。
「私は、コギト。あのさ、本読んでたらこんなのが挟まっていたんだけど……何か知らない?」
コギトと名乗った女の、その手の中にあったのは、一つの鍵だった。
驚いた。目を見開いた。
「そっか。嬢ちゃんのだったか。はい、どうぞ。あとは貴女の好きなように」
じゃあね、と言って、旅人は去っていった。
植物図鑑を抱きしめて、私は悩み始めた。
一つは、当然、鍵のこと。渡すべきか、そうでないか。
もう一つは、嬢ちゃんと呼ばれたこと。確かに、一人称が『私』だったり、女っぽいと謂われるが、れっきとした男だ。せめて坊っちゃんだろう。
胸に白金色のハートの鍵穴をもつ少年は、
―後はご想像にお任せします―
ある鍵の話 秋空 脱兎 @ameh
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