第27話 なぜなぜN回の悪夢を超えろ

 結論から言おう。

 『なぜなぜ』はまともな魔法使いプログラマにとって、精神を蝕む悪しき邪法に他ならない。


 今日も今日とて、魔法陣作成魔道具に入力するキーボードを叩く音に囲まれながら、お仕事だ。

 そしていつものように後輩ちゃんは『癒し系』ではなく、俺の心を『冷やし系』だ。


「先輩! 私、ちょっと本を読んだのですが、『なぜなぜ』って知ってます?」

「……なぜお前はそんな質問で俺の時間を奪う?」

「先輩のご意見を伺いたい、から……?」

「なぜ俺の意見を聞きたい?」

「先輩は経験や知識があるので」

「なぜ俺の経験や知識を求める?」

「私に経験や知識が足りないので……」

「経験はともかく、なぜお前に知識が足りない?」

「……私の……勉強……不足です……」

「これが『なぜなぜ』だ」

「っ!!」


 まあ、これはわざとに後輩ちゃんを誘導したわけだが。


 一時期、大手魔導車製造会社の生産手法が話題になったことがある。もちろん、その手法には学ぶべきことは多々あり、我々魔法使いプログラマに転用できることもある。


 しかし、『なぜなぜ』は、ダメだ。


 『なぜなぜ』は、問題の表層だけを見ずにその原因の深いところを探すためのだ。

 だが、我々の仕事は機械の生産と違い、各工程に完全な定型は無い。常に変化する顧客の要望に、こちらも常に変化しながら対応しなければならないからだ。

 そこで何か問題が発生したとき、定型化できない我々の仕事では、その原因も多岐にわたる。

 そんな不定形なものの原因を突き詰めてしまえば、結論はとなる。

 そして、多くの正常な魔法使いプログラマは、自分より正しい判断をできる人間や高い技術力を持つ人間を知っている。つまり、「己のスキルが足りなかったために問題が発生した」と結論付ける傾向があるのだ。


 真面目で、向上心があり、上位者を知っている、そんな人に限って自分を責める結果にしかならない。

 悪いことに、『なぜなぜ』を持ち込もうとする管理職やSEソーサリーエンジニアモドキは魔法プログラムを分かっていないことが多い。そのため、借りてきた知識やノウハウを使って、平気で『なぜなぜ』し、平気で魔法使いプログラマの精神を追い込んでゆくのだ。


 挙句、それでこちらが意気消沈すると、「そうじゃないだろ、なんでそういう結論にするんだ」と責めてくる。

 こんなものに意味はないし、こんなもので生産性は上がらないし、こんなもので魔法陣ソースコードは美しくならない。


「てことだ。『なぜなぜ』は忘れろ。もし、現場で『なぜなぜ』をかましてくるヤツがいたら、全ての『なぜ?』を『なぜ?』で返せ」

「そんなことできませんよ……」

「なぜできないんだ?」

「逆になぜできると思うんですか!?」

「……できるじゃないか」

「……できましたね」


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