第26話 夏。怪談をしろ

※なつだ!あついぞ!かきたいんだ!



「先輩、プライベートなことの上に、絶対に『どうでもいい』って言われると思うのですが……」

「ああ、どうでもいい」

「ひどい! まだ何も言ってませんよ!」

常日頃つねひごろどうでもいい話をさも重要なことのごとく話すお前が『どうでもいい』と前置くなら、重要な話のハズがないだろう」

「否定はできませんけど……」


 暑い夏の日の昼休み、後輩ちゃんから声をかけられた。読書にも飽きてきていたので相手にしてもいいのだが、とりあえずののしっておいた。


「……まあ、言ってみろ」

「あ、はい。今度、友達と百物語をやるのですが、戦争を経験した先輩なら何かリアルな話を持っていなかなーと」


 良い度胸だな。無駄に怖がらせることもないから教えていなかったことを話すか。


「本当に良いのか?」

「な、なんですか!?」

「本当に、怪談を聞きたいのかと訊いている」

「あるんですか!? えっと……はい」

「良いだろう。話してやる」


 俺は語りだした。本当にあった怖い話を。


 我が社の入っているテナントビルは、実は、

 同じビルに入っている他の会社のことは分からないが、うちの会社が使っているフロアでは、証言が多い。

 我々が働くオフィスは、ビルのワンフロアを借りている。それと同時に、実はその上の階も借りているのだ。

 そこは、作成した魔道具を置くスペースの無い客から預かった、多種多様な魔道具が置かれているのだ。客は特殊な装置を使い、遠隔からその魔道具を使うことになる。

 魔道具の点検や世話をする人以外、普段は誰も近づかない。後輩ちゃんのように、その存在を知らないまま数年経つ人も少数ではない。


 深夜、自分のデスクでひとりで徹夜作業をしていると、たまに頭上から、『たたたたたっ』と、音が聞こえることがある。

 一度、気になって魔道具の置かれている上の階へ見に行ってみた。

 そこには、簡素な受付に眠そうに座っている管理人がおり、その奥の扉は閉まっていた。


「なあ、奥の部屋に誰かいるか?」

「うん? いませんよ。足音でもしました?」


 、だと? あの音を聞いたのは俺だけじゃないのか。


「ちょっと、魔道具置き場に入らせてもらって良いか?」

「……まあ、良いですけど、

「見たのか?」

「ええ、同じようなことをおっしゃる方がたまにいましてね、私も一緒に、夜中の魔道具置き場に何度も行きました。だけどね、何も無いんですよ。魔道具が揺れてるわけでもなく、誰かがいるでもなく……」


 それでも俺は自分の目で確かめたくて、魔道具置き場に入った。

 多種多様な魔道具。複雑すぎて何をするための魔道具なのかすら俺には私には分からないものが多い。

 雑多ではあるが、雑然としているわけではない。ひとつひとつ、区画に別れており、点検のための通路もある。

 俺はひとつひとつの魔道具の制御ランプを見ながら、部屋を見て回った。


 魔道具のひとつに違和感を感じた。よく見ると、その魔道具のわきから紙片しへんが出ていた。

 俺は案内役の人に聞いた。


「なあ、あそこから紙が見えているのだが、俺の目の錯覚か?」

「いえ、あれはですね。結構、多いんですよ。原因不明で度々たびたび不具合がおこる魔道具がありましてね、それに祈祷してもらったお札を貼ると、不具合が発生しなくなったりするですよ」


 この魔法技術が発達した世の中で、コイツは何を言っているんだ? とは、俺は言えなかった。

 物事には原因があって、結果がある。

『不具合がおこる』の原因が特定できないのなら、特定できないがある可能性を否定できないからだ。


 とりあえず、俺は魔道具部屋の管理人に礼を告げ、自分のデスクに戻った。


 デスクに戻って数時間経っただろうか。俺は少し眠くなり、目をこすりながら作業を続けていた。

 そして、また足音が聞こえた。


 たたたたたっ……たたたたたっ


 俺には騒音にしか感じず、天井を見上げて眉をひそめた。

 その音が、突然ピタッと止まった。

 これで集中できる。と思ったのも束の間、背後からの笑い声。


「ふふふ……ふふふ……」


 俺はすぐに振り返ったが、誰もいない。照明は俺の席付近を照らすもの以外は魔力を切っている。


 背後の暗闇へ目を細めて見るが、とくに何も異常はない。

 作業に戻ろうと魔法陣作成魔道具に目を向けると、画面の前に逆さになった『顔』。青白く、いや、蒼白そうはくと言っていいだろう。その目は濁っていたが、確かに俺を見つめていた。

 驚きながら天井を見ると、その逆さ『顔』の首は天井から伸びていた。

 夢ではないかと一瞬頭をよぎったが、握っている拳に爪が食い込む感触が、「これは夢ではない」と語っていた。


 俺は声も出せずにその『顔』に付いている濁った目を見つめていた。

 とても長い時間のように感じたが、実際は数分、もしかしたら数秒かも知れない時間が流れた後、『顔』が口を開いた。

 笑うように開いたその口の中は真っ黒な闇だった。その口から言葉が出る。


「ふふふ……ふふふ……。あなたの魔力は美味しいわぁ……。これからも仲良くしてね……」


 その言葉の後、『顔』は天井に吸い込まれるように消えていった。

 俺はその日は何もできずに帰宅し、そのまま3日間寝込むこととなった。

 それ以来、その『顔』は俺の前に現れていない。それは、俺が深夜作業を避けているからかも知れないが、真相は分からないし、分かりたくもない。


「ということだ。参考になったか?」


 語り終えた俺は、後輩ちゃんに確認を取った。


「ああああ、あの、それって先輩の体験談、というか、うちの会社のオフィスのことですよね?」

「まあ、そうなるな。ひとりで深夜作業はしない方がいいぞ」

「はははははいい!!」


 後輩ちゃんは深々と頭を下げたあと、ダッシュで自席に戻っていった。


 俺は、ひとつだけ嘘をついた。

 『顔』と会ったのは一度や二度ではないし、しばらく会ってやらないとヘソを曲げやがる。なので、定期的に魔道具部屋に行き、俺の魔力を与えながら各魔道具の具合を聞く関係となっている。ちゃんとした情報をくれるから、だいぶ助かっている。


 ホンモノがいてしまったこことは別に、我々の業界では不可思議なことがおこる。

 もし、魔道具の下や裏を見たことない人がいたら、確認することをお勧めする。


 きっと、なにか、あるから……

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