第23話 過去を晒せ6/8



 「次に会うときは、きっと戦場。もしそうだとしたら、アタシを殺して欲しいのさね」


 とんだ約束をさせられた翌日の朝、俺はランのアジトから離れ、足早に自陣を目指した。

 おそらく死んだことになっているのだから、そのまま新しい人生を始めても良かったのかもしれない。しかし、当時の俺には戦う以外の道が見つけられなかったのだ。

 「友」とは呼べないかも知れないが、元の仲間達を見捨てられなかったというのもあるが。


 俺は二日間、ほとんど休みを取らずに歩き続け、自陣へ到着した。魔法で疲労軽減、移動速度向上させ、敵兵に見つからないために隠蔽いんぺい魔法もかけ続けた。そのため、肉体的な疲労よりも、魔力の消費が激しかった。ここまでもったのは、ランとの三ヶ月の訓練のおかげだろう。魔力もかなり増大していた。


 自陣では最初こそ警戒されたものの、何人か知り合いがいたことで生還を喜ばれた。

 「死にかけていたところを親切な人に救われて、三ヶ月のあいだ療養していた」ということにした。これは帰還途中で考えた言い訳だが、それほどの嘘はついていない。


 そのまままた戦場へ……とはならず、城へ生還の報告を行い、しばらくの休息を言い渡された。しかし俺は、「戦闘の合間に魔法の研究をする時間をもうけてくれること」「城の図書館に最新の魔法技術書、魔法技術雑誌を入荷してくれること」をお願いし、翌日にはまた戦場に向かうことにした。

 お願いは聞き入れられ、ひとつの戦闘が終わり次第、時間をとってもらい、充実しつつある城の図書館で本を借りることもできるようになった。

 城の図書館はそれでも、「最新のもの」で比べるとランのアジトの品揃えには負けているし、 戦闘と戦闘の間にとれる時間も多くはなかったが、戦場と戦場をハシゴしていた頃に比べればだいぶ良くなったと言える。まあ、戦場のハシゴも強制ではなかったのだが。


 それからそんな生活が三年ほど続き、事態は転換期を迎える。

 もともとこの戦争は、王国の北にある、民主主義をかたる独裁主義国が宣戦布告もなしに始めたものだった。突如として国境を越えての領有権を主張しだし、進軍してきたのだ。

 この大陸は王国を中心として既に平和宣言をしており、北の国も表向きは「平和」をうたっていたが、こうして頻繁ひんぱんに国境を挟む各国へちょっかいを出しているのだ。独裁者の気まぐれとも思える命令で。

 ちょっかいを出された方も国民に「まだ戦争をしている危険な国」だと思われたくないのと、隣接する各国に「戦争によって疲弊している」と思われたくないので、表沙汰おもてざたにできないという理由がある。表沙汰になっていないだけで、各国は諜報機関ちょうほうきかんを通じて知ってはいるのだが。

 

 それまで王国は、『防衛』の姿勢を崩していなかった。押し上げられた戦線を押し戻す以外、こちらから侵攻はしていなかったのだ。

 それまでの王が年齢を理由に引退し、長男である第一王子が王位を継承すると、それが一変した。戦場にも出ていたことのある新王は、これまでの状況を見るに見かねていたのだ。

 こちらからの宣戦布告は各国の目もあり、したくない。そこでとった選択が、「国を守るために、侵攻命令を出している独裁者を『精鋭部隊』のみで打倒する」というものだ。つまるところ、暗殺だ。

 『北』の独裁体制は独裁者の子供が引き継ぐことが決まっていた。内偵の結果、どうやらその子供はまともな思考回路をしており、話の分かりそうな人物だった。その子供に後を継がせ、事態を収束させるという狙いだ。


 その『精鋭部隊』に、俺は当然のように参加が決まっていた。


 集められたメンバーの中で、戦闘力で言えば俺がダントツであり、階級も最高位だったが、年齢と素養により、カバに似た人間が隊長を務め、副隊長には魚顔の人間がえられた。俺に指揮する才能がないことは俺自身が一番わかっているので、特に文句はない。それどころか、ありがたい。

 部隊員は隊長、副隊長を含めて二十名。そのほとんどが軍では名が通っており、知り合いだった。


 普段は行われない「部隊の結成式」が内々ないないで行われた。将軍や宮廷魔導士筆頭のじじいの、ありがたくないお言葉を頂いたあと、部隊メンバーとの交流を深めるための立食パーティが開かれた。

 俺はアルコール度数の低いさっぱりとした柑橘系のカクテルを飲みながら、主に食うことに集中していた。ふと人の気配を感じて振り返ると、そこにはカバと魚顔がいた。


「ハルさん、これまでに何度も窮地きゅうちを救って頂き、ありがとうございました。正直に申しまして、今回の作戦もハルさんだけに余分な負担をかける場面があると思います。先に謝ります」

 カバは深々と頭を下げた。


「同じく、何度も無理難題を解決してくださり、ありがとうございます。我ら両名共に、この戦いが終われば、ハルさんにご迷惑をおかけすることもないと思います。成功すれば戦争は終わり、失敗すれば死ぬだけですし。最後の戦闘、よろしくお願いします」

 魚顔もそう言って頭を下げてきた。


 隊長と副隊長が揃って頭を下げている光景に回りは驚いていたが、相手が俺であることを見ると納得した表情になり、飲食を続けていた。


「お前ら、頭を上げろ。隊長と副隊長なんだから、敬語なんていらんぞ? それに、礼もびも不要だ。仕事でやっただけだしな。あのときのお前らの判断が正しかったから協力したし、今でも正しかったと思っている。まあ、どうしてもと言うなら、生きて帰ってこれたら酒でもおごってくれ」

 俺はそう言い苦笑いした。生死の話をするのはもしかしたらタブーなのかも知れないが、こと今に至っては問題ないだろう。それで士気が下がるやつなんてここにはいない。

 そう言えばこいつら、それぞれの会社でお偉いさんになっているのに、酒を奢ってくれてないな。


 それから2日後、俺たちは死地におもむいた。



※6話までで終わらせる予定でしたが、長くなったので次話に続きます。次話で終わるかな……

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